3-2 ザギン 瀬戸際 その2

隣の席では。
こちらも頭髪に特徴のある、バーコード状にベタベタと髪型を整えた中年男が、やや緊張した面持ちで山﨑ロックを嘗めていた。そのベタベタは、整髪料のせいなのかあるいは自らが出す油分のせいなのかはハッキリしない。
「ブチョサン、」
そう呼ばれたのは確かに部長。誰あろう、伝統こけし販売株式会社のあのセクハラ発言部長であった。
隣には、大型冷蔵庫に手足を生やしたようなロボットが、甲斐甲斐しく酒のお代わりを勧めつつ、グラスの底の水滴をおしぼりで拭いている。ただ甲斐甲斐しいと文字で書いては状況がまっすぐ伝わらないかも知れない。かつてよい子だった読者諸君は想像して欲しい、サンタクロースにお願いしたガンダムが、枕許にはどこでどう間違ったのかゼンマイで動く四角いブリキのロボットが置かれていた朝を。その「これじゃないんだよ」感に満ちあふれた玩具に面影の似た「ホステス」が、作業・・・いや、健気に客をもてなしているのだ。

まず、アイスペールから氷の塊を取出す。手元は用途によりアタッチメントをつけるらしい。左手のクレーンゲームの先みたいなものが氷めがけて伸び、垂直に氷をつまみ上げ、グラスの真上で停止、狙いを定めこれまた垂直にグラスへと着地させる。繰り返す事三回。反対側ピペット状の手先が山﨑のボトルに差し入れられ、琥珀色の液体を吸い上げ、氷を入れたグラスにそれを注ぐ。ピペットでそのままくるっと一回転半、かき混ぜる。
テーブルの上だけに注目すると、小さな工事現場のようだ。
「ブチョサン、ハジメテセトギワ。ドゾヨロシク。」
どうやら、この店クラブ瀬戸際に来たのは初めてね、これからどうぞごひいきに、という意味らしい。
部長も、強ばった顔面を無理に歪め笑い顔をつくる。
「・・・あはは。よろしく。いい声してるね。夜もいい声かな、あはあは。」
こんなはずでは、と、内心部長はつぶやいた。
銀座に人造人間のナンバーワンホステスがいるという噂を聞き付けて、入って見れば、何だか想像していたのと違っている。もっとこう、空山基のセクシーロボットの絵みたいな、曲線でメタリックで、ハイヒール的な・・・。
それに引き換えこの角張り、ボルト留めしてある直線的なボディー。こいつ絶対油圧で動いてるよなあと思うと、部長の中の何かがみるみるしぼんでいく。
「ね、ねえ君。」
「ハイナンデショウ。」
「き、きみは、ホントにナンバーワンなの?」
「ハイソウデス。」
ロボットホステスは胸の下辺りにはめ込まれた小さな金属プレートをゆっくりとピペットで指した。そこには

製造番号 001

と彫り込まれていた。
(製造・・・番号? えーっ。)
部長の頭髪のバーコードからかすかに湯気がたっていく。
「ミツメナイデブチョサンノエッチ」
「あはは。君、ユーモアのセンスあるねぇ。・・・チェンジ。」
「アリガトゴザマス。」
「チェンジ。」
「ミズワリニカエマスカ。」
「チェンジだっつってんだろうこの野郎。
ナンバーワンのロボットホステスって噂聞いたからよう、さぞかし助平な我が儘ボディを拝めるかと思って股間と期待膨らませて来たら、なんだこのただ場所とるだけの我が儘ボディは!・・・人造人間、アンドロイドだよ!メタリックでセクシーな曲線美だよ!チェンジチェンジ!製造番号じゃなくて、人気売上げナンバーワンを出せ!お前なんかのつくる酒なんかまずくて飲めない。」
ロボットの動きが止まった。
言い過ぎた、部長はハッとした。
「ご、ごめんよ。」
と、その時、さっきからこちらをチラチラ見ていた向うの客が、つかつかとこちらにやって来た。妙な髪型、クラブで白衣なんか着てるし・・・。
あっと思う間もなく、部長の顔に冷たいものがかかった。妙な髪型の客がコップの水を浴びせたのである。
「ハーさん!何するのっ。」
ママが慌てて駆け寄る。
「このコが気に入らねえなら余所へ行きな。ここは腐っても銀座だ。女の子にケチつける野暮天はいらねえんだ。こっちの酒がまずくなる。」
「ハーさん!」
マッドサイエンティストという言葉があるが・・・見るからに・・・こいつはまさに、気違い博士だ。逃げるが勝ち、だが、やらずぼったくりな状況で何もせず逃げるのはいかがなものか。
「なんだその眼は、頭冷やし足りねえか。」
ハーさんは、今度はテーブルのピッチャーを手に取った。
うわ、今度こそずぶぬれになってしまう、と部長は身を竦め堅く目を閉じた。
と、あれ、冷たくない。一体どうしたことか。恐る恐る目を開くと、部長の前に、ピッチャーの水を浴びて水滴を滴らせたロボットホステスの体があった。
「ハカセ、オキャクサマニキガイ、ダメデス」
ロボットホステスは、部長に向き直って、クレーン状になっている方の手でおしぼりを吊り上げ、手渡した。
「オサケ、オイシクツクル。ワタシ、コンドハ」

「う、うん。」
部長の胸が、一回、ドンと大きな音をたてて鳴ったような気がした。だが、その音は、部長自身にしか聞えない音であったに違いない。

そして、水浸しになって乱されたテーブルの上に角の円い名刺がブヨブヨにふやけてあるのを、部長がそっと内ポケットにしまった事も、その場にいる誰も気付かないことだった。

3-2

3-1 ザギン 瀬戸際 その1

こんな噂がある。
銀座の高級会員制クラブに、幻のナンバーワンホステスがいる。
なぜ幻なのかというと、それがどんなコであるのか、店外には一切秘密で、指名客もごく限られた者、まずは常連になってたっぷり店の売上げに貢献した後、ようやく彼女の名前を教えてもらって指名が出来るらしいという。
そんな高飛車な、上から目線の条件にも関わらず、彼女を是が非でも指名したいというお客は多く、政財界を牛耳るような大物も中にはいるそうだ。
そのホステスは、ロボットらしいという。

このご時世、ロボットホステスなんて珍しくはない。六本木あたりのマニアックな界隈には、すでにロボットクラブなるものが誕生している。バーチャルという言葉が一般人に流行り出した頃から、生身の女のコじゃイケテないという風潮が一部であるのは周知の通り。CGのアイドルだの、アニメ少女を愛する輩だの、所謂二次元的な指向が、どこから枝分かれしたのか、或いは、どこをどう捻ったのか、三次元+αとでもいうべきか、アンドロイドが新たなるサービス産業として出現したのである。
少し前まで、羽振りのいい青年実業家達の間では、やけに無表情でゴムっぽい質感のワンレンボディコンをウォーターフロントのイタリアンレストランに同伴させるのがトレンディーとされていた。殺風景な港湾の倉庫群がポツポツとディスコだのバーだのレストランだのに変貌していったのはいつ頃からだったろう。元々遊興の為にある場所ではない為、交通の便は非常に悪い。つまり、車がなければ自由に遊びにいけな・・・言い換えよう、つまり、高騰しきった地価の中駐車場の確保もままならぬご時世に遊びにいく車を持ってる成金が、科学の粋を集めた人造人間を見せびらかしながら遊びにいく、そんないけ好かないところが、東京の海岸なのだ。多分。
少し話がそれたが、脱線ついでにつけ加えると、実際、海岸沿いで遊んでいた青年達が真に羽振りがよかったのかどうかは怪しい。高級車もレンタカーで借りることが出来たし、何より、アンドロイドを連れ回しているのも、ひょっとしたら生身の女よりコストパフォーマンスがいいからなのかも知れない。少なくとも、彼女達はバカ高いワインや高い皿の料理を飲み食いしない。急ごしらえの陸の孤島は、現実世界から遊離した祝祭だけの場所だ。そこでは、その場だけの人間関係とふわふわした無責任な価値判断が行き交うだけ。ステータスとなるアイテムさえ所持していればどんな都会人にも化ける事が出来た、のである。多分。

「なーにいってやがんでぇ。アンドロイドだとぉ?
あんなもんは、高級ダッチワイフだ。人間そっくりの触感のゴムだと?邪道だね。生身の女に似せてなーにが面白い。
ロボットってなあ、な、宇宙空間や過酷な環境でも耐えられる金属素材なんだよ!百歩譲ってカーボンだろうが、てやんでちきしょうめい。」
こちらは銀座。
銀座といっても限りなく新橋に近い、比較的お財布に優しいお店。裏路地の低層テナントビルの中、入口の観葉植物がなんとも残念な感じに庶民的な、店名も「クラブ瀬戸際」。ママの出身地が瀬戸内海の側だというのが店名の由来だそうで、占い師に画数を見てもらいつけた名前だそうだが。名前も店内も、漂う薄暗さは拭えない。

ハゲ頭を縁取るようにもじゃもじゃの髪がぐるりと囲む妙な髪型の男が、奥のソファで管を巻いている。
お店のママと若いホステスがどうにか機嫌をとろうと両脇を固めるが、どうやら今夜この男を止めることは難しいようだ。
「まったく・・・にわかロボットマニアのガキどもがアブク銭にもの言わせて分ってねえ遊びしやがって・・・なあ、ママ。なんだ、あのデスコ?クラブぅ?うるせえピコポコした音楽流して酒飲んでなーにがおもしれえんだ。」
「ハーさん。他のお客さんが困ってるわよ。うちは銀座よ、もうちょっと上手に酔っぱらってほしいわぁー。」
「うるせー!どう考えても新橋じゃねえかここ。銀座ってつくのはビルの名前だけじゃねーかよー。」
ママは、細い眉を八の字にする。
「・・・ハーさん、何かあったの?」
ハーさんは急にしんみりしだした。
「・・・うるせーよ。おらあこれでも、この道一筋のロボット工学博士でぃ。ガキの遊びに付き合って、ナンパな発注なんざうけたかねえや。」
ハーさんは、手にした水割りを、勢いよくお茶でも飲むようにズズッと啜った。そして深々と溜息をつく。
「ロボットはよう、人間の我が儘を受け入れるための道具に過ぎねえのかね・・・」
「え!ちがうの?ハーさん。」
まだ20代のホステスあけみがきょとんとする。ママが今度は眉を逆立てる。
「・・・。」
「やあだ、あけみちゃん、天然、面白いわー。」
気まずくなった空気を取り繕おうとママが空笑いをする。
「ロボットって機械でしょ、人間の形をしてても、機械は道具じゃないーやーだーハーさん。」
「・・・これ、あけみちゃん。」
ママがたまらずこっそりあけみを小突く。
「いたーいママ。なあに?」
「・・・あけみちゃん、ロボットはよう、仲間じゃねえのかい?この店にもいるだろうが。仲間を道具扱いしたら、かうぇえそうだぜい。」
ハーさんは、水割りグラスを透かして向うのボックス席を眺めた。男前がする仕草の一つと確信しているかのように、眉間にさみしげなシワを寄せて。
あけみは、ハッとして口元に手をあてた。
向うからは、先程から、ウィーンガチャガチャと、小さな工場でもあるかのような音が聞えていた。
しんとしたハーさんの席に、向うから「ロックデヨロシイデスカ」というクラフトワークのボーカルのような声が洩れ聞えてくる。
「コノマドラーデ カキマゼル」

(ボクハ・・・デンタック・・・タシタリ・・・ヒイタリ・・・)
そういえばそんな曲あった懐かしいと、あけみもママもふと思ったが口には出さずにいた。

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