5-1 新宿 88951怪人二面相

メガネのポケベルが鳴った。
慌てて見ると、「44251889」とある。
「44(しょ)2(に)51(こい)889(はやく)」
署に来い早く、つまり、至急秋葉原署に戻れということか。緊急事態か、珍しいこともあるもんだ。
今時、数字表示のみのポケベルなんて不便この上ない。警察なんだから、迅速かつ正確に連絡をとるためにはPHS位持たせてくれ。しかも、裏側にべったりとテプラで「秋葉署/二課」と貼られている恰好悪さ。
そして、再びベルが鳴る。
「49」(シキュウ)

息を切らしながら戻ってみると、皆出払った後らしく、上司のおじいちゃん警部が一人、にこにこと迎えた。
「ベル打ち上達したでしょ。」
おじいちゃんは彼の方をポンポンと叩いて言った。
「メガネ君、キミ、これからガードマンね。」
「えっ?」
「新宿にねえ、怪人現る、だって。ガタイがよくて強面な感じの刑事を警護に何人か欲しいっていうから、うちの署からも応援送ってあげることにした。キミ、丁度いいからさ。行ってくんない?」
「889」っていう割に、呑気なもんだ。
が、怪人?聞き捨てならない。新宿と言えば、歌舞伎町・・・もしかして、ラブホテル殺人魔?メガネは一瞬ドキリとしたが、警護?警護ってなんだ。

つまりは、こういう事だった。
新宿伯母急百貨店の最上階にある、伯母急美術館で世界の名画展と銘打って、ヨーロッパの某美術館から大量の名画を借り、大がかりな展覧会を催すことになった。中でも一番の目玉は、これまで門外不出で幻の名画と謳われている「笑う貴婦人」だ。勿論、デパート側では警備保障会社に頼み、厳重な警備管理体制で作品を迎え入れるのだが、つい先日、その「笑う貴婦人」を盗むという予告電話がかかってきたという。
最初は、質の悪いイタズラだと取り合わなかったが、搬入も無事に済みあとは一般公開を待つばかり、係員達がホッとしていたその時、絵の額縁に大胆にも予告状が貼り付けられていたのを発見し、慌てて警察に届け出たのだそうだ。
更に大胆なのは、その予告状で、犯人は自ら「怪人二面相」と名乗っているという。乱歩のパロディかいなとユーモラスに受け取りたいところだが、二面相?二十面相じゃなくて二面相とは質素すぎて笑えない。

メガネは指示に従い、伯母急百貨店の現場へとかけつけた。
美術館スタッフと覚しい、ブランドスーツ姿が、不安そうな面持ちであちらに数人こちらに数人と固まって何やら話し合っている。その間を埋めるように、制服私服入り交じった警備員警察官達が待機する。すでにメガネの居場所なしといった風だが・・・言われた通り現場の責任者を探す。
美術館と聞いていたから、だだっぴろいホールの壁面に絵がかけられているのかと思ったらどうやらそうではない。広めの廊下といった体で、それがクネクネと曲がっており、たどっていくといつの間にか出口に誘導されているような会場のつくりだ。
(八幡の藪知らずか上品なお化け屋敷だな)
メガネはつぶやいた。マンダム先生のおかげで、薮知らずなんて形容が出来ちゃうところが密かな自慢だ。
少し行くと、若干開けた場所に出た。メインの展示はきっとここなのだろう。ここだけは絵との距離を十分にとるようにと、各所にパーテーションポールが廻らされている。その一角で、トレンチコートの襟を立てた目つきの鋭い男が高そうなソフトスーツを来た男に何やら言葉をかけている。あ、いかにも、いかにもじゃないか。メガネはそう思いながら、人をかき分けるようにして彼等に近づいていった。

「いいえ、絶対に中止は出来ません。」
ソフトスーツの男は細面のこめかみに青い血管を浮べながら訴えている最中だ。華奢な体がスーツの中で泳いで、強い口調の割に若干頼りない印象だ。
「今回の展示には社運をかけているんです。すでに明日のレセプションには、各界の著名人も招待しております。今更中止する訳にはまいりません。」
トレンチコートは不満そうに、眉間に皺を寄せた。
「しかし伯母山さん、「笑う貴婦人」は世界の宝とでもいうべき絵画です。傷がついたりしただけでも外交問題に発展しかねないというのに、盗難の危機に晒してまで展示するとは・・・有り得ない。どうか考え直してもらえませんか。」
「だから、警備保障会社の他に、こうして警察にもお願いしてるんじゃないですか。」
その言い方にカチンと来たのか、トレンチコートの眉間の皺は一層深くし、「警察にも、ねぇ・・・」とその後の言葉をぐっと呑み込んだ。そして気を落ち着かせる為か、無意識に内ポケットを探って、煙草を取出し、口元に持っていく。
「あっ!やめてください。なにしてるんですか!」
「あ、失敬。いつもの癖で。」
「世界の宝って、さっきあなたがおっしゃったじゃないですか。というか、美術品の前で喫煙なんて、有り得ませんからね!」
ソフトスーツのこめかみの青筋は今にもぶち切れんばかりになった。

メガネは思い出した、あの顔は、本庁の敏腕「非情のライセンス」と異名をとる亜町警部じゃないか。難事件の捜査には必ずといっていい程彼が関わっている。すると、今回のヤマもこの人が指揮するのか。敏腕デカと怪人の対決かあ。ラブホ殺人魔もいいが・・・おじいちゃん、いい現場に送り込んでくれて「39」(さんきゅう)、メガネは自分の頬が紅潮するのを感じた。

亜町警部は話題を変えた。
「それはそうと伯母山さん、予告状が置かれた場所というのは、本当に、あの「笑う貴婦人」の絵の前だったのですね?」
「ええ。」
「不思議ですね、そんなに容易く絵に近づけるとしたら、なぜ、その場で盗んでいかなかったのでしょう?」
「知りませんよ、私は探偵でも警察でもないし。」
伯母山美術部長はピリピリした口調で言った。
「あれじゃないですか?予告状には明日のレセプションの最中に盗み出す、とありましたらから、私共伯母急百貨店の面子を潰すのが目的なんですよ。
・・・これ位の威しで、祖父の代から続いている伯母急百貨店の名前に傷がつくもんですか。今は、一社員として美術部門の部長を任されていますが、いずれ、社長として双肩にこの百貨店を背負うのです、出来れば、いやなんとしてもそれまで無傷の状態で、いいえ、未来永劫ずっと無傷の状態でなければならないのです。だからこうして、警備保障会社の他に警察にもお願いして、極秘に警護と捜査をお願いしているんじゃないですか。」
「・・・警察に・・も・・・?」
「極秘という割には、随分と人が集まって。これじゃ、いかにも何かありますと言ってるようなものじゃないですか。」
伯母山の言葉を聞いて、メガネは思わず割り込んだ。
「誰?キミ。」
亜町警部がきょとんとしてメガネを見る。
「申し遅れました!わたくし、先程要請をうけまして、秋葉原署から参りました!」
うっかりしゃしゃり出てしまったがよかったのだろうか。余計な事を言うと、単なる警護の応援要員とバレる、メガネは極々簡潔かつふんわりとした自己紹介をして敬礼のポーズをとった。
「今日は店休日です。明日が控えておりますから、そのくらい人の出入りがあっても問題はないと判断しております。
警視庁の知人に相談したところ、出来る限りの協力をしていただいております。こうして、大変腕利きの警部さんもお越し下さっておりますし。」
伯母山は嫌味ったらしく、メガネに説明した。
「いーですかー!みなさーん。犯行予告があったなんて、家族にも、友達にも、恋人にも、言っちゃだめですよー!みなさんの力でー、「笑う貴婦人」と、伯母急百貨店を守り抜きましょー!」
伯母山は大声で周囲に呼びかけた。
ああ、この人は馬鹿なんだな、と、メガネは思った。
亜町警部も、やれやれと肩をすくめ、メガネに合図を送った。

「ふっふっふっふ。」
すると、どこからか忍び笑いが聞えてきた。笑ってしまうのも無理はない、が、その笑いが次第に大きく、やがて耳を聾せんばかりの高笑いになった。
皆、その声の主を探そうと一斉にキョロキョロし出したが、一体誰が笑って居るのか見つからない。
「ここだよ、ショクン。」
会場案内のモニターの中に、いつの間にか黒覆面の男の顔があった。とすると、声はモニターに接続されているスピーカーから聞えてくるのか。
「だ、誰だ!」
亜町警部はモニターの男に向って叫んだ。
「わたしは怪人二面相だ。はじめまして、亜町くん。」
二面相は不敵な笑いを顔に留めたまま、続けた。
「となりのガタイがいいキミは、亜町の助手かな?そう、わたしはこの画面の中から全てお見通しなのだ。」
「おかしい!あれは、VHSビデオデッキにつながっているだけの、ただのモニターだぞ。」
「ふっふっふ、説明がましい台詞をありがとう。わたしの手にかかれば、ただのモニターもへったくれもないのだ。わたしにはきみたちが見える。そして、きみたちも、わたしのすがたを見ているだろう?それが事実だ。」
「い、いたずらはやめなさい!ここには、警察がいるんですからね!」
伯母山美術部長はスーツをダブダブ波打たせながら震えていた。
「いたずらではない。わたしは怪人だ。真剣に、怪人としての努めを果たしているのだよ。
予告通り、明日、「笑う貴婦人」をいただく!
今日は、君たちがわたしの予告状を本物として対応してくれているかどうか、確かめに来たのだ。その調子で、明日に備えてくれたまえよ。」
怪人は再び高笑いをはじめた。声は二重三重にエコーがかかり、それが室内に反響し、辺りは異様な空気に包まれた。
「やけに念の入った脅かしだな!なぜそうまでする!」
亜町は画面の怪人に向って叫んだ。
「それは」
と、その時、パニックに陥った警察官の一人が、モニターの怪人に向って発砲した。バチッという音とともに火花が走り、煙が立った。
画面は消えた。