2-4 アキハバーラから上野へ

秋葉原から上野まで。
晴れていれば、散歩するには程よく手応えのある距離である。そして、幸い今日は小春日和だ。
新米刑事、愛称「メガネ」(本人にとっては多いに不満)は、ぶらぶらと上野に向った。途中、末広町の駅近辺で、知り合いらしき人物を見かけた。
「あれ?本田先輩じゃないか?」
本田とは、高校時代「犯罪同好会」の一学年先輩として一緒に活動していた。なつかしいなあ、犯罪同好会。その物騒な名前と、部員が本田とメガネ、そしてもう一人の三名から増えなかったせいで、とうとう彼の在校中は部に昇格出来ず同好会止まりだったが。今も存続しているのだろうか。
犯罪同好会といっても、別に物騒なことをやらかす類いではない。密室殺人やら失踪事件やら誘拐やら、所謂限りなくロマンというか想像力をかきたてられる犯罪を妄想し、その世界を愛する趣旨で、部員らはもっぱら犯罪を分析し謎を解明する探偵や刑事という立ち位置だ。
同好会だから、学校から部費はいただけなかったが、持出しで本を買い揃えたり夏には合宿もしたっけ。楽しかった。その楽しさを引きずっているからこそ、不謹慎かもしれないが、彼はこうして刑事になったのかもしれない。
「そういえば、本田先輩は事件記者になるって言ってたな。」
実際、雑誌社の下請編集プロダクションに入社したとは風の噂に聞いたが・・・まさかこんなところで偶然会う筈もない。
通りの向うに見える先輩らしき人物は、傍らの女性に腕をつかまれてグイグイ引っ張られている。女性のリードが強引だが、デート中のように見える。
「本田せんぱーい!」
試しに呼んでみたが、どうやらそれどころではなく急いでいるようだ。
やはり、他人のそら似か。あの本田先輩が、昼間っから女性と腕組んで歩く訳がないよな、正確には腕を引っ張られて、だけど。

道はいつの間にか、上野広小路の賑やかな感じに変わっていった。
やがて不忍池のみっしりとした蓮の群生や木々がチラチラ見えて来る。
池のほとりには、ひなびた売店があり、一応は観光客向けらしく、みやげ物等も多少置いてあるのだが、外にしつらえてある椅子とテーブルには、およそ観光客らしからぬオヤジ達が、こんな時間から静かな酒盛りを楽しんで居る。奥には、テントを張った露天商売もいくつか開いており、椅子にあぶれたオヤジがひやかしたりしている。
メガネはそのテントの一つをのぞいた。
古着やら古時計やら、どこから持って来たのか大きな剥製やら・・・店側では何らかの法則に基づいて並べているのだろうが、素人目にはゴミ屋敷の一角を切り取ってそのままのような無秩序さだ。
「おお、相変わらずだね。」
古道具の間から、また古色蒼然とした年配の男が出て来た。
メガネは黙って頭を下げる。
年配の男もまた、メガネである。ただし、こちらのメガネは大分年季が入っている様子だ。

「どう?刑事くん。」
古い方のメガネは、にこにこと優しげな笑顔を浮べている。
「聞き込み調査?何か探してそうだね。」
「・・・いいえ、いや、はい。探しているというか・・・」
メガネはちょっとためらってから
「マンダム先生、最近噂のラブホテル殺人魔事件、御存知ですか。」
「ああ、あれな。知ってるもなにも、そこのホテルでも先月やられたそうだよ。・・・君、追ってるの?随分大きなヤマを任されるようになったねえ。」
「いえ、ただ個人的に興味があって。・・・まだ、そういった事件を任されないんです。」
そもそもそういう課に配属されてもいないし、という言葉をメガネは呑み込んだ。
マンダム先生と呼ばれた年配の男は、メガネの高校時代の恩師だった。
顎に伸びた無精髭を触る癖が「うーん、マンダム」と言ってあごをなでる、往年の男性化粧品のCMに似ているということからついたあだ名らしいが、メガネが入学した頃からすでに学校では「マンダム」で通っていた。犯罪同好会の顧問で、メガネ達のよき指導者というか、よき仲間だったが、メガネ達が卒業した後に教師を辞め、紆余曲折を経て古道具屋に落ち着いた。元々教師になったのも、紆余曲折を経ての事らしいから、教師であったことも紆余曲折の中のひとつに過ぎなかったのかも知れない。ただ、マンダム先生の中では、いまだに同好会顧問という立場は続行中であるらしく、メガネは時々、先生を訪ねては古今東西の犯罪について語り合っていた。刑事になって、一番喜んでくれたのも、先生だった。

(本田のことを思い出したのも、もしかしたら、マンダム先生のところに向う道すがらだったからなのかもしれない。)

「まあ、場所が場所だけに、ひどく猟奇的な印象で世間を騒がせているようだが。ボクに言わせれば凡庸な連続殺人だね。現場を目撃されるリスクの少ない場所としてホテルを好んでいるというところが、今ひとつロマンを感じないよ。ただ。」
「ただ?」
「こないだの、どこだっけ。・・・あそこの件だけはどうも妙だ。」
「ホテル横島?」
「そうそう!」
古道具に半ば埋まっていたマンダム先生が身を乗り出した。
「隣室にいたはずの男性客が行方不明になっている。しかもだね・・・まあ、君だから話すが、何者かに連れ去られたに違いない。その何者かこそが、大きな謎だ。そしてボクが大いに興味をそそる相手だ。」
「何者かって・・・ラブホテル殺人魔じゃ?」
「ボクは、違うと思っている。
これは、独自ルートで仕入れた情報だが・・・部屋のドアは外側からぶち破られていたらしい。現場はホテルで、まあ、ああいうところだから、音が洩れにくいようドアも相当頑丈に出来ている。それをほぼ一撃で破壊しているんだ。小型の建築重機でも持ち込んだ様だというんだね。勿論、そんな形跡はない。第一、ドアをぶちこわしてまで侵入する必要があったのはなぜだ?
それに、ラブホテル殺人魔と関連があるとすれば、なぜ、今回に限って、隣室の男性客をわざわざ連れ去ったのか。」
「それは、現場を見たからじゃないんですか?」
「ラブホで隣室の殺人を目撃する?有り得ない!」
「何かの拍子に廊下で犯人の顔をみた、とか。」
「男性客は裸で、シャワーを浴びた形跡があったんだ。そんな状態で、廊下をうろつくとは考えにくい。怪しい物音を聞いたとしても、ああいったホテルで、わざわざ廊下に出てまで確認するだろうか。犯罪同好会らしからぬ発想だね。」
そうかもしれないが・・・メガネは口ごもった。

メガネにしても、この件に関してはかなりひっかかるところがあった。
警察では、消えた男性客が加害者つまりラブホ殺人魔と関与している、つまり加害者側として行方を追っている。マンダム先生が指摘するまでもなく、彼は連れ去られた被害者には間違いないはずなのに。
そして、現場はあの、ホテル横島。
数年前、あのホテルに行った事がある。正確には、ホテルの前だ。
今となっては苦い思い出だが、テレクラでやりとりした末、相手とあのホテルの前で待ち合わせをしたのだ。勿論、興味本位だったし、相手もきっと面白半分の冗談だったのだろう。今考えてみると、いくらなんでも待ち合わせ場所がホテルの真ん前なんて間抜けすぎる。いたずらだと気付くまで一時間以上もかかったなんて。
その時、幼稚園位のまだ小さな女の子が、ホテルの前で遊んでいたのを、メガネはいまだに忘れない。アスファルトの舗道にガリガリと四角や丸を描いていた。気まずい感じも手伝って、最初のうちはただ見ていたが、どちらからともなく言葉を交わした気がする。一緒に絵を描いてやったりした。女の子は、たしかホテルを指して「ここがあたしんち」と言ったんだ。
ほどなく、通用口から従業員らしい中年女性が出て来て、女の子をひどく叱りつけた。そして無理矢理引きずる様にして女の子をホテルの中に連れ去ったのだ。女の子は泣きもせず、ただ怒ったような顔でこちらを見つめていた。涙をこぼしてくれてた方が、まだ胸が痛まなかったろう。その顔がずっとメガネの記憶に残っている。
(何か言ったんだよな、俺に。なんっていったんだっけ。)
ああそうだ。そして、落書きに使っていた小石をこっちに放り投げたんだ。
よく見ると石ではなく、それは、錆びた古い小さなボルトだった。
(なんていったんだっけな)
メガネはあれからテレクラをやらない。勿論、横島にも行くことはなかった。しかし、その小さなボルトは、なぜか今でもポケットに入れて持っている。
「・・・レマルク。」
メガネはハッとした。
そうだ、思い出した。女の子は「レマルク」と言ったんだ。人名だろうか、ペットの名前だろうか。
「・・・おい、どうした?ぼんやりして。」
マンダム先生が心配そうに尋ねた。
「あ、いえ。」
あの、ホテル横島。
あの子はまだ、あそこの子でいるのだろうか。あの子の「あたしんち」で、事件は起きたのだ。

2-3 神田の外れよぉ その2

さちこが半ば強引に本田記者を連れ込んだのは、会社からほど近い外神田の煮込みうどん屋だった。
ランチタイムには近隣のビジネスマンで混雑する人気店だが、いかんせん入り組んだ路地にある為、13時を過ぎると店内はがら空きになる。人に聞かれたくない話をする時は、下手な喫茶店より穴場なのだ。そして、あいつの無断欠勤のせいで昼休みがなかったから丁度いいわというさちこの都合でもあった。
「あの・・・。」
本田記者は落ち着かない様子で周囲を見回している。
「ふふ。どうして煮込みうどん屋さんなのか、って、聞きたいでしょ。この辺はゆっくり話せる店って少ないし。私はうどんよりソバ派なんだけど、今日は肌寒いからうどんの気分なの。あ、私、カレーうどんにしよう。」
「あの。」
「ああ、私さちこ。あいつの同僚というか後輩。入社したのは今年に入ってからなんだけどね、なんでも聞いていいよ。答えるから。」
「あの・・・恐縮ですが。」
「なによ。」
「ここは、味噌煮込みうどんじゃないでしょうか。」
「はぁ?」
「ここ、味噌煮込みうどん専門店じゃないですか、カレーうどんなら他でも。」
「私がなにを頼もうと勝手でしょ。」
「うわあ、勿体ないなあ・・・。」
何やらこいつもめんどくさい男のにおいがする。
「てか、もっと違うとこにつっこみ入れない?
なんでこんなとこに連れてくるんだ、とか、ほら。」
本田記者は半ばさちこを無視して、うっとりとメニュー表を眺めて居る。
「いやあ。いいお店ですよ、佇まいもこのメニューのよごれっぷりも絶対美味しい感じだし。外神田には名店が多いっていうけど、ほんとここ、美味しい予感しかしない。うわあ、味噌も二種類から選べるんですね・・・どうしようかなあ。」
まるで少年のように、とはこの事か。つやのある頬を一層輝かせ、本田記者はもう夢中だ。まずは、うどんを食べてからね、私もお腹空いてるし。呆れながらもさちこは注文お願いしますと手をあげた。
「私、カレーうどん。・・・絶対、美味しいし。」

 

「ふぅ、ごちそうさま。」
「やっぱり味噌煮込みで正解でしたね。本場名古屋の八丁味噌がいい仕事してました。」
ていうかここ外神田だし、と言いたい気持ちをさちこはぐっと堪えた。
本田は満足そうに紙ナプキンで口元を拭いている。
「本田さん、食べるの好きなのね。」
「はい、大好きです。ぼく、元々グルメ雑誌のライターをしていたんです。」
「へぇ。好きを仕事にできるっていいじゃない。」
「ええ、でも、好き過ぎて。取材で食べてたらちょっと太ってきちゃったんで・・・ダイエットも兼ねてフィールドを変えたんです。」
「それで、事件記者ねぇ・・・。」
「結構えぐい現場の取材もあるから、食欲わかなくなっていい感じです。」
「そ、そう。」
「そうなんですよ。今回もここだけの話、入手した現場写真、ベッドの上が血の海で。あ、まさにこんな感じ。生乾きの血とか体液とか、この味噌煮込みの残り汁みたいなのが一面べったりでした。ああ、よかった、食べた後に思い出して。」
まだ、カレーうどんの方にしといてよかったと、さちこは思った。
「いくらラブホでも、あれは掃除が大変だろうなあ。」
「そうそう、それよ。そのラブホ殺人の話じゃない。」

本田記者が追っているという、ラブホテル殺人魔事件とは、半年程前から都内のラブホテルで起こっている未解決の連続猟奇事件である。
最初は、今から半年前だから昨年の九月になる。新宿は歌舞伎町のホテルで、女性客が刺殺された。その後、都内各所のラブホテル街で、同じ手口の殺人が毎月のように連続して起こっている。
犯人は同伴相手男性と見られているが、場所柄、チェックインする際に名前を聞く事は愚かお客の人相風体をまともに見る事もない為、犯人は勿論のこと、被害者の身元を割り出すのにも時間を要した。
「指紋も、もうあちこちベタベタいろんなお客のが付着しすぎていて手がかりにはなりにくいみたいです。それに、被害者女性は全・・・」
本田記者は赤面した。
「全・・・ての持物、衣服等身につけるものをですね、持ち去られているので、身元確認が大変らしいのです。」
「でもほら、相手の男がひとりで出て行ったら、おかしいなって分りそうじゃない?それにさ、防犯カメラとかは?」
「そうなんですけど・・・不思議なのは、相手男性らしき人物がひとりでホテルを出たことに誰も気が付かないんです。勿論、防犯カメラにも映っていないし。」
「・・・やるわね、あいつ。とんでもない五時から男だわ。」
「あ、いえいえ。あいつさんはですね、重要参考人というだけでして。」
「私、知ってる。重要参考人っていうのは、ほぼ犯人ってことなのよね。」
「いやあ、その。そうとばかりは・・・特に今回は。」
「なによ。」
「犯人は、鋭利な刃物で急所をぐさっ、ですよ。刃物の扱いに非常に慣れた、プロの手際です。日常的にそういった仕事に関わっているか、相当デキるひとの仕業です。お話を聞く限りでは、あいつさんはボンクラ、なんですよね。」
「なに?いくらなんでも社外の人間がうちの社員をボンクラ呼ばわりするって、失礼じゃない?」
「あいえ。すみません、味噌煮込みうどんでテンションがあがりすぎて、つい。」
それもそうか。確かにあんなに不器用でやる気のない男が、プライベートで急変するとは思えない。そんなのお話の世界だけよね、とさちこは内心思ったが、カッとした態度を急に引っ込めることも出来ない。
「大体ね本田さん、あなた、聞き込みにきたんでしょ?なに誘われるままにうどん食べて、聞かれもしないことを初対面の私にペラペラしゃべってるのよ。あなたこそボンクラ記者じゃない。」
「・・・それも、言い過ぎだと思います。」
本田の目にうっすらと涙が浮かんだ。
さちこは慌てた。
「ああ、でも、その捜査困難な状況で、よくあいつがうちの社員だって突き止めたわね。まだ、警察も調査に来てないわ、すごいわ。」
「ぼく、独自の調査網を持ってるんです。やればできる子なんです。」
本田は、うつむきながら煮込みうどんの残り汁を啜った。どうやら機嫌を治してくれらたしい。単純ね、男って。
「ここだけの話ですが、現時点では、あいつさんは本当に重要参考人というだけで、犯人とも被害者とも、あるいは関係ないとも・・・」
「ちょっと待って。被害者ってどういうこと?」
「ここだけの、話ですよ。」
「あいつさんが居たお部屋は、犯行現場の隣なんです。」
さちこは訳がわからなかった。なぜ、隣の部屋のあいつの聞き込みを?
「・・・今回のケースはですね、一連の事件と幾つか違う点がありまして。
ひとつは、これまで事件は都心に近いホテル街で起こっていた。でも、今回の犯行場所となったホテル横島というホテルは、江戸川に近い、ほぼ住宅街と小さい工場で成立しているような地域にポツンとあるホテルなんです。ほら、郊外というか地方の町の駅裏に、飲み屋とかパチンコ屋とかゲーセンとかが固まってる場所、近隣のPTAというか、お家のおかあさんが子供にあそこに近寄ったらいけませんよというような所です。
被害者の女性も、最初から身元は分っているんです。地元の、なんというかコールガールで、ホテルで客と待ち合わせてサービスを提供するコで、これまでの被害者とは違って、そういうプロなんです。そして・・・」
「じゃあ、連続殺人事件とは別の事件なんじゃない?」
「そうとも言い切れないところがありまして。犯行現場そのものは、一連の事件と見事に一致しているので、恐らく同一犯人だと推定されるのですが。」
「が?」
「なぜか、犯行が行なわれたと覚しき時刻に、隣室のドアが破壊されていまして。そこに一人で居たはずの、あいつさんが居なくなっていたんです。
しかもこちらは、衣服を残したまま・・・。」
「なになに?ちょっとよく分からない。
そもそも、なんであいつ一人でそんなとこに居るのよ。」
本田はまた、顔を赤らめながら言った。
「それは・・・アレ、じゃないですか。」
「アレ?」
「あいつさんの部屋から、小さなチラシが発見されたそうです。所謂、その、公衆電話ボックスに貼ってあるような・・・」
「はっきりいいなさいよ。」
「はい。」
・・・あいつ、仕事さぼってホテトル呼んでやがったのか。
「あ、ホテトルって今使っちゃいけないんですよ。ホテトルのトルの部分、トルコ風呂っていうのが、国差別的になるからNGで。今はソープランドっていうんですが、それも地域差別にあたるんじゃないかとぼくは思うんですけどどうなんでしょう。」
「なんで、私が今思った事が分ったの?超能力者?」

本田記者はにやりとした。

「だって、さちこさん。思った事、無意識に口に出してしゃべるタイプですよね。」

アタリ!やはり、こいつは超能力者だ。・・・ってあれ?