3-1 ザギン 瀬戸際 その1

こんな噂がある。
銀座の高級会員制クラブに、幻のナンバーワンホステスがいる。
なぜ幻なのかというと、それがどんなコであるのか、店外には一切秘密で、指名客もごく限られた者、まずは常連になってたっぷり店の売上げに貢献した後、ようやく彼女の名前を教えてもらって指名が出来るらしいという。
そんな高飛車な、上から目線の条件にも関わらず、彼女を是が非でも指名したいというお客は多く、政財界を牛耳るような大物も中にはいるそうだ。
そのホステスは、ロボットらしいという。

このご時世、ロボットホステスなんて珍しくはない。六本木あたりのマニアックな界隈には、すでにロボットクラブなるものが誕生している。バーチャルという言葉が一般人に流行り出した頃から、生身の女のコじゃイケテないという風潮が一部であるのは周知の通り。CGのアイドルだの、アニメ少女を愛する輩だの、所謂二次元的な指向が、どこから枝分かれしたのか、或いは、どこをどう捻ったのか、三次元+αとでもいうべきか、アンドロイドが新たなるサービス産業として出現したのである。
少し前まで、羽振りのいい青年実業家達の間では、やけに無表情でゴムっぽい質感のワンレンボディコンをウォーターフロントのイタリアンレストランに同伴させるのがトレンディーとされていた。殺風景な港湾の倉庫群がポツポツとディスコだのバーだのレストランだのに変貌していったのはいつ頃からだったろう。元々遊興の為にある場所ではない為、交通の便は非常に悪い。つまり、車がなければ自由に遊びにいけな・・・言い換えよう、つまり、高騰しきった地価の中駐車場の確保もままならぬご時世に遊びにいく車を持ってる成金が、科学の粋を集めた人造人間を見せびらかしながら遊びにいく、そんないけ好かないところが、東京の海岸なのだ。多分。
少し話がそれたが、脱線ついでにつけ加えると、実際、海岸沿いで遊んでいた青年達が真に羽振りがよかったのかどうかは怪しい。高級車もレンタカーで借りることが出来たし、何より、アンドロイドを連れ回しているのも、ひょっとしたら生身の女よりコストパフォーマンスがいいからなのかも知れない。少なくとも、彼女達はバカ高いワインや高い皿の料理を飲み食いしない。急ごしらえの陸の孤島は、現実世界から遊離した祝祭だけの場所だ。そこでは、その場だけの人間関係とふわふわした無責任な価値判断が行き交うだけ。ステータスとなるアイテムさえ所持していればどんな都会人にも化ける事が出来た、のである。多分。

「なーにいってやがんでぇ。アンドロイドだとぉ?
あんなもんは、高級ダッチワイフだ。人間そっくりの触感のゴムだと?邪道だね。生身の女に似せてなーにが面白い。
ロボットってなあ、な、宇宙空間や過酷な環境でも耐えられる金属素材なんだよ!百歩譲ってカーボンだろうが、てやんでちきしょうめい。」
こちらは銀座。
銀座といっても限りなく新橋に近い、比較的お財布に優しいお店。裏路地の低層テナントビルの中、入口の観葉植物がなんとも残念な感じに庶民的な、店名も「クラブ瀬戸際」。ママの出身地が瀬戸内海の側だというのが店名の由来だそうで、占い師に画数を見てもらいつけた名前だそうだが。名前も店内も、漂う薄暗さは拭えない。

ハゲ頭を縁取るようにもじゃもじゃの髪がぐるりと囲む妙な髪型の男が、奥のソファで管を巻いている。
お店のママと若いホステスがどうにか機嫌をとろうと両脇を固めるが、どうやら今夜この男を止めることは難しいようだ。
「まったく・・・にわかロボットマニアのガキどもがアブク銭にもの言わせて分ってねえ遊びしやがって・・・なあ、ママ。なんだ、あのデスコ?クラブぅ?うるせえピコポコした音楽流して酒飲んでなーにがおもしれえんだ。」
「ハーさん。他のお客さんが困ってるわよ。うちは銀座よ、もうちょっと上手に酔っぱらってほしいわぁー。」
「うるせー!どう考えても新橋じゃねえかここ。銀座ってつくのはビルの名前だけじゃねーかよー。」
ママは、細い眉を八の字にする。
「・・・ハーさん、何かあったの?」
ハーさんは急にしんみりしだした。
「・・・うるせーよ。おらあこれでも、この道一筋のロボット工学博士でぃ。ガキの遊びに付き合って、ナンパな発注なんざうけたかねえや。」
ハーさんは、手にした水割りを、勢いよくお茶でも飲むようにズズッと啜った。そして深々と溜息をつく。
「ロボットはよう、人間の我が儘を受け入れるための道具に過ぎねえのかね・・・」
「え!ちがうの?ハーさん。」
まだ20代のホステスあけみがきょとんとする。ママが今度は眉を逆立てる。
「・・・。」
「やあだ、あけみちゃん、天然、面白いわー。」
気まずくなった空気を取り繕おうとママが空笑いをする。
「ロボットって機械でしょ、人間の形をしてても、機械は道具じゃないーやーだーハーさん。」
「・・・これ、あけみちゃん。」
ママがたまらずこっそりあけみを小突く。
「いたーいママ。なあに?」
「・・・あけみちゃん、ロボットはよう、仲間じゃねえのかい?この店にもいるだろうが。仲間を道具扱いしたら、かうぇえそうだぜい。」
ハーさんは、水割りグラスを透かして向うのボックス席を眺めた。男前がする仕草の一つと確信しているかのように、眉間にさみしげなシワを寄せて。
あけみは、ハッとして口元に手をあてた。
向うからは、先程から、ウィーンガチャガチャと、小さな工場でもあるかのような音が聞えていた。
しんとしたハーさんの席に、向うから「ロックデヨロシイデスカ」というクラフトワークのボーカルのような声が洩れ聞えてくる。
「コノマドラーデ カキマゼル」

(ボクハ・・・デンタック・・・タシタリ・・・ヒイタリ・・・)
そういえばそんな曲あった懐かしいと、あけみもママもふと思ったが口には出さずにいた。

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