1-2 東京某所 プロローグつづきです

特に女子高生に執着がある訳でもなかった。
うさん臭い連中のうさん臭いうわさ話に乗っかって、人生初の風俗を体験しようと思ったのはなぜか。彼自身、今こうしている自分が自分ではないようで、うまく説明は出来ない。
勿論、本物の女子高生が来るはずがない。明らかに違法だし、逆に本当にやって来たらどうしていいのか分からない。が、少なくとも、女子高生風の若いコに、何らかの相手をしてもらえる訳だ。
「あれ?まだ到着してませんか?こっちも連絡してるんですが・・・ピッチもつながらないみたいで。」
電話口で彼と同世代位の声が言った。
「すみません、お客さん。なにしろ今時の子なんで、仕事意識がないっていうか・・・急いで他の子を向わせてます。あ、ご心配なく、今度の子はちゃんとしたプロですから。」
プロ、プロって言った・・・。てことは、そうじゃないのも居るって事?つまり、途中で、所謂バックレた女の子は本物の女子高生だった可能性もあった訳?ふとそんな妄想がよぎると、彼はなにかクジにはずれたような気持ちになった。

いやいや。いくらなんでも人生初で、女子高生はだめだ。でも・・・。

少年レマルク 1-2「安心してください。若くて元気な子です。」
電話口の男は機嫌をとるように言い添えた。
受話器を置くと、彼は足許に畳んだ下着を身につけはじめた。やはり、ああいうサービスだとはいえ、初対面で全裸はおかしいだろう。さっきから、何度、脱いだり着たりしたことか。その前に、もう一度シャワーを浴びておいた方がいいだろうか。とりあえず、パンツは穿こう、そうだ、それがいい。
今朝おろしたばかりのトランクスを穿こうと片足で立つ恰好になった時、不意にフラフラとした。気のせいか地面が揺れている。
眩暈?地震?いや。
軽く地響きがする。どこかで工事でも始まったような、ズシーン、ズシーンという音が聞こえだした。
地響きは一定のリズムで大きくなる、ひどく乱暴な足音のようにも感ぜられた。そしてそれは、部屋のドアの前でピタリと止まった。
(デブ・・・いや、豊満な子なんだろうか?・・・ちょっと豊満すぎるのは困るなあ)
「ドン!」
ドアに体当たりしているような衝撃があった。これがノックだとしたら随分と乱暴な子だ。
「はい。」
タイプじゃない子だったら、チェンジ出来るって言ってたな。顔を見るまでもない、これは絶対にタイプじゃない。
「ドン!ドン!」
「はーい。ちょ、ちょっと待って。」
と、
「ドシーン」
ドアが開いた。というか、ドアが内側に、破られた。
その衝撃で、彼の体も後ろに飛んだ。いや、単に腰を抜かしたのかも知れない。薄暗い室内からだと、廊下の照明に負けてすっかり逆行になっているが、その足許のシルエットは、確かにルーズソックスだった。

プロローグはおしまい

1-1 東京某所 プロローグです

東京のはずれ、ほぼ千葉県といってよい某所。
某所とぼやかしてあるのは、登場人物及び「某所」の名誉のためである。決して書き手が設定の説明を面倒がっているからではない。
とはいえ、明らかになったといって、彼の名誉を守ることにはならないだろう。なぜなら彼は今、古びたラブホテルの一室で、素っ裸のままベッドの隅に腰かけてクレームを入れている最中なのだし、それを書かずに物語は始まらない。

「だから、15分で来るってさっき言いましたよね?もう随分待ってるんだけど。」

サイドテーブルにあるのは、手札サイズのチラシ。彼が駅前の電話ボックスにびっしりと貼られているおびただしい数のチラシの中から、その一枚を探し出したのは今から1時間程前。そこには、一文字一文字派手な色で塗り分けられた丸い文字でこうあった。
「女子大生とイケナイひと時。ホワイトルーズソックス 電話×××-○○××」

(女子大生じゃなく、本当は女子高生が来るんだぜその店。・・・表立っては言えないだろう?だからさあ、ほら、店名がさ、ホワイトルーズソックス、なんだよ。わかるひとには、伝わる、っていうかさ。)

あの喫茶店で常連達が話していたことは本当だろうか。
生まれてから三十年、これといった遊びもせず極々真面目に過ごしてきた彼が、ふと、「女子高生」という言葉に耳をそばだてたのは昨日の事だった。

勤めていた会社から解雇通達をうけた。
周囲には独立して起業しようかと思って等と繕ったが、そんな嘘はバレバレだろう。貯金もないし、再就職のアテも意欲もわいてこない。特に仕事熱心でもなかったし、居心地のいい会社でもなかったが、解雇されるとなると話は別だ。そもそも商社マンなんて向いてなかった。・・・適性がないのを、どうにか折り合いをつけて頑張ってきたというのは、向いている人の何倍も頑張ってきたということじゃないのか。そういうところはもう少し評価されていいのではないのか。退社が決まった途端、やりかけの仕事は早速後輩に回され、取引先に挨拶を一通り済ませたら、あとはもうタイムカードを押しに来るだけのような日々。居てもいなくてもいいような状態が、あと一ヶ月も続くのか。すっかり気力が失せてしまった彼は、連日ホワイトボードに「得意先まわり 直帰します」と書いて、三時をまわればそっと帰り支度をするのだった。
その日、会社を出、いつもなら通らない路地をふらふらと歩いていると小さな喫茶店を見つけた。
そこは初めて入った店で、特に人目を惹く様な外観でもなく、楷書で「珈琲」と書いただけの控えめな看板があるきりだった。中に入ってみればカウンタとテーブル席を合わせて十席ばかりの小さな造り、この時間ならお客もいないだろうと思っていたが・・・。
常連客らしい中年男達が店主らしい男と何やら盛り上がっていたのだ。
狭い店内でもあるし、その場に居れば自然と話題に入らざるを得ない。長いものにはとにかく巻かれてきた彼は、そのまま話を聞くハメになった。
それにしても、と彼は思い出す。平日のこんな時間に喫茶店に入り浸っているのだから、こいつらきっと堅気ではないだろう。いや、見るからに、明らかに堅気ではなかった。そんな奴らの情報に躍らされた自分が、今では少しだけ情けなく感じられた。

「あんた、話聞いてたよね。うそだと思う?」
お客のひとり、女物のカーディガンをはおったスキンヘッドが、不意に彼の目をみるようにして言った。指輪だらけでカップを持つ手は小指が立っていたけれど、物腰はれっきとした初老の男だった。芸術家か何かの類いか、それともただの面白いおじさんか。それによって態度を変えよう。彼はヘラヘラと曖昧な愛想笑いをした。
「うそじゃないってば。都内じゃ摘発が厳しくなってるから、わざわざあんな江戸川超えるかギリギリのところで営業しているんだって。ねえ。」
派手な格子縞のスーツを着た男が口を挟む。小太りで艶のいい顔がまるで腹話術の人形みたいに見える。
「場所はどこであれ、未成年なら違法行為ですよね。」
カウンターの中にいる苦虫をかみつぶしたような顔の店主らしき男が言った。
「ええっ、マスター、今更そんなこというの?」
腹話術の人形男の言葉を食う様に店主が
「マスターとは不愉快な呼び名です。」
「マスターだって、さっきまでノリノリで話してたじゃないですか。」
「そういう品のない会話はよその店でお願いします。」
店主が、明らかに彼を指すような目配せをしているのに、腹話術人形の方は気付いていないようだ。
「うちは、そこらの安い店じゃないので。」
彼はドキリとして、眼の前のコーヒーカップを見た。陶器のことはよく分からないが、クネクネした薔薇の模様がいかにも高級そうだ。常連客のざっくばらんな感じで気付かなかったが、シンプルだがきっとこだわりがあってそうしているのだろう漆喰の壁に同じくこだわりがありそうな調度品。彼がいつも昼休みに入る喫茶兼スナックにある、いや、彼が全国どこの喫茶店にもあると思い込んでいた週刊誌も「マカロニほうれん荘」全巻も見当たらない。そして、メニュー表を探したが、これもまたどこにも見当たらない。
(一体、いくらとられるんだろう)
内心の動揺を隠すため、彼は曖昧な愛想笑いを続けざるを得なかった。
「マスターはね、必要ないのよ。実際モテてるんだから。」
スキンヘッドが言うと、店主は珈琲カップの棚を見繕う素振りで後ろを向いた。
「ええっ、何々?マスターってコギャルと付き合ってるの?」
「コギャルとは、品のない言い方ですよ。ねえ、マスター。君も、そう、思うよね。」
腹話術人形がカウンターに身を乗り出すと、隅の席に座っていた男の姿が明らかになった。視界に入らなかったのも無理はない、全身黒ずくめ、レザーパンツの間違ったバイカーみたいな男がニコニコというか、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「美は細部に宿る、です・・・あの足の付け根ギリギリの短いスカートの下から始まって、白いギプスのようなルーズソックスに膝から下が覆われることにより肉体から分断されたような存在となった太股。あの制服の着こなしが、彼女達自身の内から文化として産み出されたのだから・・・彼女達は自らのエロティシズムを完全に把握し、我々男性を惑溺させる手段を持って居る。素晴しいというか、恐ろしいことです。」
男はさらにニヤニヤしながらこちらににじり寄って来る。
「要するに、コギャルが好きなんだな、佐藤さんは。」
腹話術が男を佐藤と呼んだ。
「わかっちゃいないなあ。僕は美の話をしているんですよ。」
佐藤さんは腹話術を押しのけるようにして彼に迫る。
「僕等には理解し得ない言語で意思疎通を行い、学生である特権を十二分に利用しながら、僕等大人の侵入を阻む結界の内に居て、大胆不敵に僕等を誘惑し、ぎりぎりのところでかわして楽しんでいるんです。
しかし、それも永遠ではない。
彼女らが彼女らたり得る期限は三年。人生における、たった三年間ですよ。PHSの裏に貼られたプリクラも、丸文字で書かれた小さなメモ達も、卒業とともに色褪せ枯れてしまう花びらです。つい昨日までの制服が、卒業とともにみっともないコスプレに成り下がる。女子高生という生物の死です。」
「・・・佐藤さん、気持ち悪がられてるって。」
黒ずくめの男がどんどん彼に覆い被さってくるのを、腹話術人形が引き離してくれた。黒ずくめの佐藤さんは、不服そうに腹話術の方を一瞥すると、今度は彼を見てニヤニヤしながら深くうなづいた。何か言わなければ、と彼は思案した挙げ句
「あの。」
「・・・コギャルって、何ですか。」
佐藤さんは呆れたというように大げさに頭を振った。
まずいと思った彼は慌ててつけ加えた。
「あ、あの・・・パンストもいいですよね。あったかいみたいだし。」
「はぁー、君、何聞いてたわけ。今そんな話してなかったでしょう。ルーズソックスとパンティストッキングは相容れないものです。あの肌色のテカテカした化学繊維をまとった女子高生がどこにいます?女子高生は生足ですよ!冷えて毛細血管が浮いてまだらになった太股もまた美しい。ねえ、マスター。マスターは僕のよき理解者です。」
「・・・マスターはやめて。」
店主は後ろを向いたまま歎くが、誰の耳にも届いていなかった。
「美の求道者ですからね、マスターは。珈琲も美味しいし、第一、君たちのように、職業女子高生には興味ないしね。」
さすがに彼も居心地の悪さを隠せず、そろそろ店を出ようとした途端、スキンヘッドが耳元で囁いた。
「ホワイトルーズソックス、あんた行ってみて。」
それに被せるように、店主がレシートらしい紙片を差し出した。
「ブルーマウンテンブレンド、2500円頂戴いたします。」

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