5-2 新宿 屋上遊園地

「ああっ!なんてことを!・・・大事な備品を・・・弁償してくださいよっ!」
凍りついた空気を破り、伯母山美術部長は叫んだ。
皆が慌てふためいている中、亜町警部は眉間の皺を深くして壊れたテレビモニターを見詰めていた。
「まったく、パニックになって発砲するなんて警察官にあるまじきことですよ!誰です?だれだれ?探してくださいよ〜始末書っていうの?書かせなくていいんですか?」
「そうですね、誰なのか早急に探さなくては。」
亜町は静かにけれど鋭い口調で言った。
「・・・だが、始末書は書く必要はない。」
「な、なんと!」
亜町は半ば傍にいるメガネに説明するように言った。
「・・・これは弾が当って壊されたんじゃない。内側から破裂したのでなければこうはならない。・・・見ろ、テレビの部品にしては妙なものが出て来たぜ。」
メガネはまだブスブスと黒い煙をあげている壊れたテレビの中をのぞき込んだ。熱で半ば融けたタイマーのようなものがあった。
「これは。」
「そうだ。恐らく、時限爆弾のような仕掛けがしてあったのさ。映像が丁度いいところにきたら壊れるような仕組みだったのだろう。」
「そして、慌てたふりをしてタイミングよく空砲を打った。・・・ですね、亜町警部。」
「そうだ察しがいいなメガネくん。この中に、贋物の警察官が紛れ込んでいる。」
二人の会話を耳聡くきいていた伯母山が「みなさーん!」と叫び出す前に、人混みをかき分け逃げ出す影があった。
「あいつだ!」
「つかまえろ!」
にせ警官を捕まえようと、警備保障やデパート社員、そして本物の警官達が動き出す。が、いかんせん、こう人が多くてはただ混乱するばかり。
「エレベータに乗ったぞ!」
誰かが叫んだ。
「階段で先回りだ!伯母山さん、各階にアナウンスを。エレベーター前に人を集めましょう。」
「亜町警部?」
「メガネくんは屋上階を頼む!下に逃げるとばかりは限らないからな。」
亜町警部は数人の警官達と一緒に階段に向っていった。

その後ろ姿を見送りながら、メガネは空いている別のエレベーターに乗り込み、Rの文字があるボタンを押した。
デパートなんだから、エレベーターなんて一つや二つじゃないだろう。階段使うよりこっちのほうが移動は早いのに・・・それに・・・メガネは軽く溜息をついた。
自分も慌てていて聞き流したが、このガタイでモヒカンだっていうのに・・・初対面の亜町警部も「メガネくん」とは。
いやいや、ひとまずこの捕り物が終るまでは、この件について考えるのはよそう。
そして、
「チーン」というクラシカルな音がして、エレベーターは屋上階へと到着した。扉から外へ出ると、屋上遊園地のオブジェなのか、毒毒しい原色の巨大なキノコがにょきにょきとあちらこちらに生えている。錆びたアーチに「伯母急キッズランド」という看板が涙が出るような哀愁を誘う。
休館日なので、当然お客は誰もいない。空調の設備なのか、巨大な機械の轟々という音が外の喧噪と混じって物寂しい環境音楽を奏で寂しさは一層・・・な、はずだった。
が、視線の先、きのこの向うに、警官の恰好をした男がいた。
(こいつだ!)
と、メガネは男に突進していった。きのこのオブジェやベンチやコインで動くパンダにぶつかりながら、とうとう男を自動販売機コーナーに追いつめた。
もう逃げられないと観念したのか、男は青ざめてブルブルと震えた。
「お前が怪人二面相か。」
「ゆ、ゆるしてください。僕は頼まれただけなんです・・・」
メガネは形式的に警察手帳を見せた。
「話は後でゆっくり聞く。まずは一緒に来て貰おうか。」
「ほんとに、頼まれただけなんです。何も知らないんです、メガネの旦那。」
最後の一言でメガネのある一部の掛けがねが外れた。
男は、メガネの拳をくらって1メートル程飛んで、気を失った。

5-1 新宿 88951怪人二面相

メガネのポケベルが鳴った。
慌てて見ると、「44251889」とある。
「44(しょ)2(に)51(こい)889(はやく)」
署に来い早く、つまり、至急秋葉原署に戻れということか。緊急事態か、珍しいこともあるもんだ。
今時、数字表示のみのポケベルなんて不便この上ない。警察なんだから、迅速かつ正確に連絡をとるためにはPHS位持たせてくれ。しかも、裏側にべったりとテプラで「秋葉署/二課」と貼られている恰好悪さ。
そして、再びベルが鳴る。
「49」(シキュウ)

息を切らしながら戻ってみると、皆出払った後らしく、上司のおじいちゃん警部が一人、にこにこと迎えた。
「ベル打ち上達したでしょ。」
おじいちゃんは彼の方をポンポンと叩いて言った。
「メガネ君、キミ、これからガードマンね。」
「えっ?」
「新宿にねえ、怪人現る、だって。ガタイがよくて強面な感じの刑事を警護に何人か欲しいっていうから、うちの署からも応援送ってあげることにした。キミ、丁度いいからさ。行ってくんない?」
「889」っていう割に、呑気なもんだ。
が、怪人?聞き捨てならない。新宿と言えば、歌舞伎町・・・もしかして、ラブホテル殺人魔?メガネは一瞬ドキリとしたが、警護?警護ってなんだ。

つまりは、こういう事だった。
新宿伯母急百貨店の最上階にある、伯母急美術館で世界の名画展と銘打って、ヨーロッパの某美術館から大量の名画を借り、大がかりな展覧会を催すことになった。中でも一番の目玉は、これまで門外不出で幻の名画と謳われている「笑う貴婦人」だ。勿論、デパート側では警備保障会社に頼み、厳重な警備管理体制で作品を迎え入れるのだが、つい先日、その「笑う貴婦人」を盗むという予告電話がかかってきたという。
最初は、質の悪いイタズラだと取り合わなかったが、搬入も無事に済みあとは一般公開を待つばかり、係員達がホッとしていたその時、絵の額縁に大胆にも予告状が貼り付けられていたのを発見し、慌てて警察に届け出たのだそうだ。
更に大胆なのは、その予告状で、犯人は自ら「怪人二面相」と名乗っているという。乱歩のパロディかいなとユーモラスに受け取りたいところだが、二面相?二十面相じゃなくて二面相とは質素すぎて笑えない。

メガネは指示に従い、伯母急百貨店の現場へとかけつけた。
美術館スタッフと覚しい、ブランドスーツ姿が、不安そうな面持ちであちらに数人こちらに数人と固まって何やら話し合っている。その間を埋めるように、制服私服入り交じった警備員警察官達が待機する。すでにメガネの居場所なしといった風だが・・・言われた通り現場の責任者を探す。
美術館と聞いていたから、だだっぴろいホールの壁面に絵がかけられているのかと思ったらどうやらそうではない。広めの廊下といった体で、それがクネクネと曲がっており、たどっていくといつの間にか出口に誘導されているような会場のつくりだ。
(八幡の藪知らずか上品なお化け屋敷だな)
メガネはつぶやいた。マンダム先生のおかげで、薮知らずなんて形容が出来ちゃうところが密かな自慢だ。
少し行くと、若干開けた場所に出た。メインの展示はきっとここなのだろう。ここだけは絵との距離を十分にとるようにと、各所にパーテーションポールが廻らされている。その一角で、トレンチコートの襟を立てた目つきの鋭い男が高そうなソフトスーツを来た男に何やら言葉をかけている。あ、いかにも、いかにもじゃないか。メガネはそう思いながら、人をかき分けるようにして彼等に近づいていった。

「いいえ、絶対に中止は出来ません。」
ソフトスーツの男は細面のこめかみに青い血管を浮べながら訴えている最中だ。華奢な体がスーツの中で泳いで、強い口調の割に若干頼りない印象だ。
「今回の展示には社運をかけているんです。すでに明日のレセプションには、各界の著名人も招待しております。今更中止する訳にはまいりません。」
トレンチコートは不満そうに、眉間に皺を寄せた。
「しかし伯母山さん、「笑う貴婦人」は世界の宝とでもいうべき絵画です。傷がついたりしただけでも外交問題に発展しかねないというのに、盗難の危機に晒してまで展示するとは・・・有り得ない。どうか考え直してもらえませんか。」
「だから、警備保障会社の他に、こうして警察にもお願いしてるんじゃないですか。」
その言い方にカチンと来たのか、トレンチコートの眉間の皺は一層深くし、「警察にも、ねぇ・・・」とその後の言葉をぐっと呑み込んだ。そして気を落ち着かせる為か、無意識に内ポケットを探って、煙草を取出し、口元に持っていく。
「あっ!やめてください。なにしてるんですか!」
「あ、失敬。いつもの癖で。」
「世界の宝って、さっきあなたがおっしゃったじゃないですか。というか、美術品の前で喫煙なんて、有り得ませんからね!」
ソフトスーツのこめかみの青筋は今にもぶち切れんばかりになった。

メガネは思い出した、あの顔は、本庁の敏腕「非情のライセンス」と異名をとる亜町警部じゃないか。難事件の捜査には必ずといっていい程彼が関わっている。すると、今回のヤマもこの人が指揮するのか。敏腕デカと怪人の対決かあ。ラブホ殺人魔もいいが・・・おじいちゃん、いい現場に送り込んでくれて「39」(さんきゅう)、メガネは自分の頬が紅潮するのを感じた。

亜町警部は話題を変えた。
「それはそうと伯母山さん、予告状が置かれた場所というのは、本当に、あの「笑う貴婦人」の絵の前だったのですね?」
「ええ。」
「不思議ですね、そんなに容易く絵に近づけるとしたら、なぜ、その場で盗んでいかなかったのでしょう?」
「知りませんよ、私は探偵でも警察でもないし。」
伯母山美術部長はピリピリした口調で言った。
「あれじゃないですか?予告状には明日のレセプションの最中に盗み出す、とありましたらから、私共伯母急百貨店の面子を潰すのが目的なんですよ。
・・・これ位の威しで、祖父の代から続いている伯母急百貨店の名前に傷がつくもんですか。今は、一社員として美術部門の部長を任されていますが、いずれ、社長として双肩にこの百貨店を背負うのです、出来れば、いやなんとしてもそれまで無傷の状態で、いいえ、未来永劫ずっと無傷の状態でなければならないのです。だからこうして、警備保障会社の他に警察にもお願いして、極秘に警護と捜査をお願いしているんじゃないですか。」
「・・・警察に・・も・・・?」
「極秘という割には、随分と人が集まって。これじゃ、いかにも何かありますと言ってるようなものじゃないですか。」
伯母山の言葉を聞いて、メガネは思わず割り込んだ。
「誰?キミ。」
亜町警部がきょとんとしてメガネを見る。
「申し遅れました!わたくし、先程要請をうけまして、秋葉原署から参りました!」
うっかりしゃしゃり出てしまったがよかったのだろうか。余計な事を言うと、単なる警護の応援要員とバレる、メガネは極々簡潔かつふんわりとした自己紹介をして敬礼のポーズをとった。
「今日は店休日です。明日が控えておりますから、そのくらい人の出入りがあっても問題はないと判断しております。
警視庁の知人に相談したところ、出来る限りの協力をしていただいております。こうして、大変腕利きの警部さんもお越し下さっておりますし。」
伯母山は嫌味ったらしく、メガネに説明した。
「いーですかー!みなさーん。犯行予告があったなんて、家族にも、友達にも、恋人にも、言っちゃだめですよー!みなさんの力でー、「笑う貴婦人」と、伯母急百貨店を守り抜きましょー!」
伯母山は大声で周囲に呼びかけた。
ああ、この人は馬鹿なんだな、と、メガネは思った。
亜町警部も、やれやれと肩をすくめ、メガネに合図を送った。

「ふっふっふっふ。」
すると、どこからか忍び笑いが聞えてきた。笑ってしまうのも無理はない、が、その笑いが次第に大きく、やがて耳を聾せんばかりの高笑いになった。
皆、その声の主を探そうと一斉にキョロキョロし出したが、一体誰が笑って居るのか見つからない。
「ここだよ、ショクン。」
会場案内のモニターの中に、いつの間にか黒覆面の男の顔があった。とすると、声はモニターに接続されているスピーカーから聞えてくるのか。
「だ、誰だ!」
亜町警部はモニターの男に向って叫んだ。
「わたしは怪人二面相だ。はじめまして、亜町くん。」
二面相は不敵な笑いを顔に留めたまま、続けた。
「となりのガタイがいいキミは、亜町の助手かな?そう、わたしはこの画面の中から全てお見通しなのだ。」
「おかしい!あれは、VHSビデオデッキにつながっているだけの、ただのモニターだぞ。」
「ふっふっふ、説明がましい台詞をありがとう。わたしの手にかかれば、ただのモニターもへったくれもないのだ。わたしにはきみたちが見える。そして、きみたちも、わたしのすがたを見ているだろう?それが事実だ。」
「い、いたずらはやめなさい!ここには、警察がいるんですからね!」
伯母山美術部長はスーツをダブダブ波打たせながら震えていた。
「いたずらではない。わたしは怪人だ。真剣に、怪人としての努めを果たしているのだよ。
予告通り、明日、「笑う貴婦人」をいただく!
今日は、君たちがわたしの予告状を本物として対応してくれているかどうか、確かめに来たのだ。その調子で、明日に備えてくれたまえよ。」
怪人は再び高笑いをはじめた。声は二重三重にエコーがかかり、それが室内に反響し、辺りは異様な空気に包まれた。
「やけに念の入った脅かしだな!なぜそうまでする!」
亜町は画面の怪人に向って叫んだ。
「それは」
と、その時、パニックに陥った警察官の一人が、モニターの怪人に向って発砲した。バチッという音とともに火花が走り、煙が立った。
画面は消えた。

4 外神田 電話がかかる

「本田くん、あれから進展はないの?」
昼休み中、電話当番で事務所に一人留守番のさちこは、本田記者に電話をかけた。隣のデスクは埃がたまったままだ。妙な事件に巻き込まれた「彼」がいなくなって2週間、仕事自体にはとくに支障はない。が。
「え?何?仕事中に電話して大丈夫かって?なに言ってるの、昼休みなのよ。え、私?私は今留守番中。
え?何か変わった事?
特にないし。あっ、ある!
部長が、なんか様子がおかしいのよ。なーんか、ぼんやりして溜息ばっかりついちゃって・・・ウォークマンなんて聞いちゃって。勤務中によ?しんじらんない。高校生かっつうの。」

そう、最近、部長の様子が変なのだ。
さちこに対しても、いつもなら、「さちこくん、カップにコーヒー入れてくれたまえ。Cカップが好みだねえ。」とかなんとか、用事に絡めてセクハラめいた言葉を連発するのに、めったに話かけてもこない。
怪しげな宗教に洗脳CDでも売りつけられたのかと、さちこは部長がトイレに立った隙を見て机の上に置かれたウォークマンの蓋を開けてみた。
「KRAFTWERK」
角張った英文字がCD盤面に並んでいる。
はぁ?テクノ?なにそれ。意味不明すぎる。

「ねえ、本田くんどう思う?あ、会社の電話だから、心配しないで。お金かかってないから。えっ?それじゃない?クラフトワークじゃないって?
まあ確かにね、おやじはムード歌謡ってとこよね・・・。
え?そうじゃなくて?あいつから連絡はないかって?
・・・あるわけないじゃない。あったら本田くんに電話なんかしないし。」

その時、部長の机の電話が鳴った。
「あっ、ちょっと電話かかってきたから。じゃあね。仕事さぼってるんじゃないわよ。」
さちこは慌てて電話を切り、部長のデスクへ小走りで向った。
「はい、大人の玩具伝統こけし販売、です。」
「モシモシ。」
電話口の向うから、やけに平坦なイントネーションの声が聞えた。
「モシモシ、ワタシ、デス。ブチョ、サン。」
はっきりと発音されてはいるのだが、何か妙にぎこちない。
なにこれ?電話口からテクノ?
「こちらは、伝統こけし販売ですが、どちらさまでしょう?」
「ワタシ、ワタシ。」
「お名前をおっしゃってください。」
「ナンバーワン デス。」
テクノだテクノ。テクノの悪戯電話だ。丁度いい、退屈だから少し付き合ってやれ。さちこは部長の椅子に座り、軽く咳払いをした。
「ナンバーワン様でいらっしゃいますか?」
「ハイ、ソウデス。」
「部長に、どのような用件でしょう?」
「エイギョウデス。エイギョウデンワ、カケテマス。」
もしかしたら、海外の商社だろうか?こけしが珍しい工芸品というので、時折、海外から取引の提案等の案件が舞い込んでくる。日本語が堪能でない社員が大胆にも片言以下の語学力を駆使してアポイントをとってきているのかもしれない。恥や体面を重んじる日本人ならまずしないことだが、そこはお国柄、過去にも一度、そんなことがあったし。リスクも大きいが、日本の伝統工芸という事で、ハッタリで案外大きなビジネスにつながる可能性があるから、ここは丁寧な対応を。腕の見せ所よ、さちこ。と、さちこは自分につぶやいた。
「部長はただいま席を外しております。恐れ入りますが、もう一度、お名前と、御社の社名を頂戴できますか。」
「ナンバーワン。」
「ええっと。アーナターのー、おーなまーえとー。かーいしゃーの、おーなまーえをー、ぷりーずてるみー。あんだすたん?」
「・・・。」
沈黙の向うで、工場か工事現場のようなガチャンガチャンという音が連続してかすかに聞こえてくる。そして、シューシューという、蒸気が噴き出すような音。
「ナンバーワン様?」
電話の主は沈黙したままだ。
やっぱり、悪戯電話なのか?
と、いきなり、先程とは打って変わった流暢な日本語がさちこの耳に飛び込んできた。
「・・・もしもし!もしもし!」
日本人、しかも聞き覚えのある声。
なにこれ?さちこが一瞬息を飲んで、それから何か言い返そうとした時、電話はぷっつりと切れた。
うわ、わたし、今いやな汗がブワッと出て来た。
やだ、あれ、あいつの声じゃん。でも、なんで部長宛の電話に?
これはひとまず本田くんに電話よ、と、さちこは再び受話器を取った。

ツーツーツー。

話し中だ。
そこに、昼食を終えた部長が帰ってきた。
「さちこくん、僕の机でなにをしているんだね。」
「あ、いえ。・・・先程、部長宛にお電話がありまして。」
「誰?」
「ええと、海外の方みたいでした。ナンバーワン様とだけ。」
それを聞くと、部長の顔がみるみる赤くなった。
「あ、ああ。な、何か、言っていたかね?」
「それが、あの、ご用件をお伺いする前に切れてしまって。」
「あ、そう。」
部長は落ち着かなげに机に坐った。そして、平静を装うようにおもむろに机の上のコーヒーカップに手をのばした。
「あ、あの、部長。」
やっぱり、こいつ、おかしい。
「・・・こぼれてますよ。」
部長はぎくりとして「なに?」と素っ頓狂な声をあげた。
「・・・コーヒー、口に当てて飲んでください。」
部長のカップは口元をそれ、鼻の穴に飲ませるような恰好に当っていた。
無論、机の上は茶色い池である。