2-2 神田の外れよぉ その1

秋葉原の駅から、ゲーセンや電気屋の並ぶ大通りを上野方面にのぼって行く。PCパーツの店の数が少なくなるのと比例して、そのマニア度は増してゆく。駅前では、チェックのネルシャツにリュックサック紙袋といったいかにも愛好家といった人々は大抵が男二人で歩いている、気がする。が、よりマニアックな店を目指す者は独りが多い、気がする。そんな店がとうとう途切れた先から、また別の街の姿が現れる。
本題に戻る。

彼は消えた。

秋葉原のはずれ、外神田がはじまる辺り、古い比較的低層な雑居ビルと昔からの商店が居並ぶ、バブルや景気といった言葉から無縁の街並の一角、「伝統こけし販売本社事務所」というブリキの看板がかかっているオフィスがあった。いうまでもなく、永く日本の温泉場お土産物屋の主力商品として君臨してきた、あの、木製の民芸品である。全国各地のこけし職人、名人といわれるこけし作家とつながり、卸売もすれば小売りもする、物産展のついでにねじ込まれているこけしフェア的なイベントを企画する、ある意味ではマニアックな会社と言える。
十坪ばかりのさほど広くない事務所に、黒電話の音が鳴る。
OLのさちこは、隣の席のびっくりする程何もない机の上で鳴る電話をしばらく見つめ、大きく溜息をついた後に受話器をとった。
「はい、大人の玩具、伝統こけし販売です」
マニュアル通りの応答とはいえ、毎度ながら何とも微妙な心境になる。
この事務所で女子社員はさちこ一人。入社の頃は、もしかして、これを言わせるためだけに採用されたのではないか、と、疑わしく思ったものだ。
面接の時、この事務所の責任者であるところの部長は言った。
「こけしは、東北発祥の玩具からみやげ物という存在を経て、今や美術品としてその地位を確率しつつある、日本の古きよき伝統のよさを分る真の大人の為の、本物志向の民芸品なんだよ。大人の玩具、言い得て妙じゃないか。」
とはいえ。モヤモヤしたものがいつもつっかえている。

「はい。その件でしたら、私が後任で引き継いでおりますので。すぐに資料をお送りいたしますが・・・ええ、そうなんです。本日も生憎休んでおりまして。」
・・・あのやろう、もうすぐ退職する身とはいえ、無断欠勤とはあまりにひどい。元々、やる気のない男だったがここまで無責任とは。私、無責任な男が一番嫌いっ!クビが決まった途端に、営業先からの直帰が増えたし。本当はどこに行ってるんだか。この前だって、駅裏の高そうな喫茶店にフラフラ入っていって、何だか楽しそうにしていたの、郵便局におつかいの途中、見たんだから。ああいうのを、五時から男っていうのかしら・・・いや、五時どころじゃない三時から男?下手すると二時から男よ。
「さちこくん。」
「あ、部長。」
ねばっこい気配。ふと気が付くと、部長がさちこの背後に立っていた。さちこの肩に手をかけようとする気配を察知して、慌てて身をよじった。部長の手は、スダレ状に固めた薄い頭髪をいつも撫で付けているせいか、いつもベタベタしている。
「彼からは、連絡はないかな。」
「はい。」
部長は気まずそうに、ぽつんと黒電話の置いてある机を見た。今時、通話切替ボタンや呼び出しボタンもない。彼の机の電話だけ古い黒電話だ。
「私も困ってるんです。引き継ぎが完全に終ってないのに、今のタイミングで社に来なくなるなんて。」
「社?とは。」
「うちの会社ですよ。」
部長の目線が何か言いたげにさちこの方へと移動した。
「あ、はい。伝統こけし販売・・・」
「さちこくん、抜いちゃってるじゃないか。」
「・・・はい、大人の玩具伝統こけし販売。」
「気をつけてくれたまえよ、常に正式名称、名称は大事だからね。
・・・そうそう、さちこくん。さちこくんに、入れちゃっていいかな。・・・あ君のコンピュータのね、電源を。」
「もう入ってますよ、仕事中ですから。」
「仕事中に入ってるって・・・ふふ。」
ああ、メンドクサイ。このおやじとのやり取りが増えるのも、あいつが職場放棄して来ないせいだ。
「まずは、立たせてくれ。手で。」
「は?」
「ああ、そのボタンを手でポチっと押してだな、立たせてくれたまえよ、君のコンピュータの中のだね、ソフトを。そっと指でキーボードをまさぐってくれたまえ。」
「・・・そうそう、いいねえ。ああ、そこの資料ね、もうイキそう?イキそうだったら声に出して・・・プリントアウトしますって・・・。」
ベタベタした手がまた、さちこの肩に迫って来る。
ああイライラする、ただでさえ、あいつの営業先からの電話応対やらなにやらで仕事が増えてるのに・・・もう限界だ、さちこがペン立てからボールペンをつかんで逆手に持ちそっと身構えたその時、

事務所のドアが開いた。
「こんにちは。」
そこには、見知らぬ客。つやつやした頬とキラキラした目、ハンチングに蝶ネクタイの何やらこざっぱりとした青年がニコニコしながら立っていた。
「い、いらっしゃいませ。大人の玩具伝統こけ・・・。」
さちこはハッとして立ち上がり、部長を押しのけ入口に立つ見知らぬ訪問者の方へ小走りに駆け寄った。
「すみません、突然お邪魔してしまって。ぼく、こういうモノです。」
深々とお辞儀をして、さちこに両手で名刺を差し出す。名刺には、

週刊フライングフライデー
記者 本田剛

とある。
フライングフライデーと言えば、いわゆる新聞三面記事に当たる内容を扱う写真週刊誌ではないか。一体何の用があるというのか。
「事前にアポイントをとればよかったのですが、お断りされるといけないかなと思って。失礼します。」
唖然としていると、本田記者はずかずかと中に入ってきた。そして、棚に陳列してあるこけしや資料等を珍しそうに「へぇー」とか「ほぉー」とか言いながら手に取ったり、カメラに収めたり。
「あの。」
と、さちこはたまらず声をかけた。
「何かご用でしょうか。」
「あ。」と、記者は我にかえったようにさちこの方に向き直り。
「えとですね・・・」
記者は内ポケットをごそごそ探り、一枚の写真を取出した。映っているのは、今まさに無断欠勤真っ最中の彼だ。
「今、この彼について調べてるんですが。」
「あいにくと休んでますが。」
「そうですよね、失踪中ですもんね。・・・あ、ごめんなさい。ぼく、ちょっとこういう事件を担当するの初めてなもので・・・」
またここにもメンドクサイ人間がひとり。さちこは心の内で思ったが、それよりもこいつ今なんて言った?失踪?事件?
「何か、彼について情報をお聞きしたいなーと。」
「彼、なにかしたんですか?」
「あの、ええっとですね。ラブホテル殺人魔事件って知ってます?」
・・・えっ!?なにそれ。新聞で読んだ、謎のホテル連続殺人、犯人の手がかりすら未だつかめない、っていう。被害者は女性ばかりだというし・・・もしかして、あいつ、容疑者とか?うわー。
(すごく、面白そうなんだけど。)
「なんだね、君。彼が一体、何かやらかしたのか?」
遠巻きに見ていた部長が、怪訝そうに近寄ってくる。
まずい、部長が割り込んでくると話は余計にややこしくなりそうだ。
「部長、ちょっと出て参ります。あ、何かこけしの受注の件で、トラブルがあったようで〜。」
「はぁ?」
「あ、部長さんでいらっしゃいますか。ぼく、週刊フライング・・・」
言いかけた本田記者に、先程握りしめていたボールペンの先を喉元につきつけて、黙れという合図を目線で送った。
「本田さん、お話は、外でうかがいます。」
さちこは、青くなってガタガタ震える本田記者の腕をつかんで素早く事務所の外に出た。

 

*まだまだ、プロローグのような感じですみません。

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