2-1 アキハバーラ駅前その1

秋葉原の駅前に広大な空地がある。バスケットボールやスケボーに興じる若者がポツポツと居るが、その広さ故か、かえって淋しい印象を与える。
元々は、神田青物市場という卸売市場があって、東京の台所を支えていたとらしいが、跡形もない。
秋葉原はいつだって「ひしめき合う」という形容が似合う場所だ。戦後の闇市から発展したというが、ラジオや無線の電子部品、オーディオ用品を扱う店が主流だった時代もあれば、家電が幅を利かせていたこともある。パソコン部品のジャンクやゲームソフトを扱う店が次第に増えてきたり、それもやがて家庭用ゲーム機に主流の座を譲ったり。けれど、無線がマイコンに、マイコンがパソコンにと上書きされていく訳ではなく、新しい商売は古い商売の間に割り込み、古い商売の方も隅に追いやられながらも留まりギュウギュウと押しくらまんじゅうをしているような恰好だ。街は次第に複雑怪奇さを増していく。にも関わらず、あの場所だけが、何かで切り取られたようにぽっかりと空いている。秋葉原にジャンクを買いに来る多くのオタク達も、バスケにもスケボーにも興味はなく、というか寧ろストリートでバスケをしているのはどでかいラジカセを担ぎながらラップをしてるスラムのストリートギャング達つまり米国風の不良じゃない?喧嘩したら絶対負ける拙者暴力は反対でござるだって体力で負けちゃうしという発想から、多くのオタク達の禁足地と化している。言い過ぎだったらごめんなさい。いやこれは言い過ぎである。

そんな空地の、フェンスの低くなっている部分に腰をかけて、バスケをしているギャング達を眺めている男がいた。
まだ若い風にも見えるしいい年にも見える。大柄な体に軍用コート、見事に真ん中だけを残したモヒカンという出で立ちが、年齢より「強面」という情報を優先させるのかも知れない。
彼は退屈そうにあくびをすると、ポケットから丸めた新聞紙を取出し、膝の上で拡げてシワを伸ばした。
新聞は昨日の朝刊社会面、赤マーカーで囲みがしてある記事の見出しには
「ラブホテル殺人魔逃走中」
とある。男は記事に目を走らせ、ついうっかり独り言を言った。
「ラブホテル殺人・・・あーあ、こんな事件やってみてえなあ。」
なにせ大柄なせいか、独り言もでかい。バスケの若者達が一斉にかたまった。男はハッとして、「ってひとなんかいるのかしら。」と、慌ててつけ加えた。

勿論、男は犯罪者でも犯罪者志願でもない。こう見えて、先月づけで秋葉原署に配属された新米刑事なのだ。
幼い頃、「太陽にほえろ!」を見て憧れた刑事。交番巡査から地道に試験を受け、頑張ってようやく憧れの刑事になった。ドラマに出て来る七曲署みたいに、拳銃片手に犯人を追うのが夢だったのに。新米刑事は配属になると「ボス」に呼び名をつけてもらえる・・・「ジーパン」とか「ゴリさん」とか「殿下」とか、お互い呼び合うあの感じがかっこよかった。なるべくハードで型破りな感じを演出するために、わざわざこの恰好にしたのに。
にこにこしたおじいちゃんみたいな警部が、「君は・・・そうだなあ、メガネかけてるから”メガネ”」。
ええっ!この特徴だらけの外見で「メガネ」?!せめて「モヒカン」じゃないの?
「よろしくね、メガネくん。」
しかも、配属部署は半数が女性。以来、「メガネくん」として、秋葉原駅周辺の不審者職務質問が主な仕事となる。

男、いやメガネは、改めて記事を見直す。

1月31日午後4時頃、足立区某所の「ホテル横島」203号室にて、女性の遺体が発見された。死因は失血死。刃物のようなもので刺された跡から他殺と断定。凶器及び、衣服を含め被害者の持物は一切現場からなくなっており、女性の身元は不明である。一連の状況から、警察はここ数ヶ月都内で起こっている連続殺人事件通称「ラブホテル殺人魔」との関連を調査中。
尚、同時刻に隣の202号室の男性宿泊客が姿を消しており、本件に関与の可能性があるとみて、行方を捜索している。

ラブホテル殺人魔の噂は、職業柄、彼も以前から耳にして知っていた。
最初に起こったのは半年前、歌舞伎町のラブホ。密室のホテル内で、男女で入ったはずが女だけが殺され、男は姿を消す。一突で急所を刺す手口等から、容易く同一犯人の連続殺人であることが推測された。場所柄、フロントで従業員が客とまともに顔を合わすことは無い。その為、犯人と思われる男の姿は謎のままなのである。
(でも・・・)
なんだろう、この記事は何か違和感を感じる。モヒカンでメガネの男がいたら、普通、モヒカンの方に目がいくんじゃないか。それと同じような居心地の悪さが記事にはあった。

(でもなー、俺、推理探偵じゃないしなあ。)

ぼんやりしていると、足許にバスケットボールが転がってきた。
遠巻きに、若者達が凍りついたまま、弱々しい声で彼に呼びかけた。
「す、すみませーん。ぼ、ボール・・・」
彼は足許のボールを拾い上げ、思い切り放った。
「おれは、メガネじゃねええ!」
「ひいぃ!」
ボールはバスケットゴールのボードにぎゅるぎゅるとめり込んで、しばらくしてから籠へとゴールした。
「あ」
思いついた。そうだ、どうして忘れてたんだろう。
それなら彼にはいくべきところがある。それも、この秋葉原、そう遠くはないじゃないか。

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