3-2 ザギン 瀬戸際 その2

隣の席では。
こちらも頭髪に特徴のある、バーコード状にベタベタと髪型を整えた中年男が、やや緊張した面持ちで山﨑ロックを嘗めていた。そのベタベタは、整髪料のせいなのかあるいは自らが出す油分のせいなのかはハッキリしない。
「ブチョサン、」
そう呼ばれたのは確かに部長。誰あろう、伝統こけし販売株式会社のあのセクハラ発言部長であった。
隣には、大型冷蔵庫に手足を生やしたようなロボットが、甲斐甲斐しく酒のお代わりを勧めつつ、グラスの底の水滴をおしぼりで拭いている。ただ甲斐甲斐しいと文字で書いては状況がまっすぐ伝わらないかも知れない。かつてよい子だった読者諸君は想像して欲しい、サンタクロースにお願いしたガンダムが、枕許にはどこでどう間違ったのかゼンマイで動く四角いブリキのロボットが置かれていた朝を。その「これじゃないんだよ」感に満ちあふれた玩具に面影の似た「ホステス」が、作業・・・いや、健気に客をもてなしているのだ。

まず、アイスペールから氷の塊を取出す。手元は用途によりアタッチメントをつけるらしい。左手のクレーンゲームの先みたいなものが氷めがけて伸び、垂直に氷をつまみ上げ、グラスの真上で停止、狙いを定めこれまた垂直にグラスへと着地させる。繰り返す事三回。反対側ピペット状の手先が山﨑のボトルに差し入れられ、琥珀色の液体を吸い上げ、氷を入れたグラスにそれを注ぐ。ピペットでそのままくるっと一回転半、かき混ぜる。
テーブルの上だけに注目すると、小さな工事現場のようだ。
「ブチョサン、ハジメテセトギワ。ドゾヨロシク。」
どうやら、この店クラブ瀬戸際に来たのは初めてね、これからどうぞごひいきに、という意味らしい。
部長も、強ばった顔面を無理に歪め笑い顔をつくる。
「・・・あはは。よろしく。いい声してるね。夜もいい声かな、あはあは。」
こんなはずでは、と、内心部長はつぶやいた。
銀座に人造人間のナンバーワンホステスがいるという噂を聞き付けて、入って見れば、何だか想像していたのと違っている。もっとこう、空山基のセクシーロボットの絵みたいな、曲線でメタリックで、ハイヒール的な・・・。
それに引き換えこの角張り、ボルト留めしてある直線的なボディー。こいつ絶対油圧で動いてるよなあと思うと、部長の中の何かがみるみるしぼんでいく。
「ね、ねえ君。」
「ハイナンデショウ。」
「き、きみは、ホントにナンバーワンなの?」
「ハイソウデス。」
ロボットホステスは胸の下辺りにはめ込まれた小さな金属プレートをゆっくりとピペットで指した。そこには

製造番号 001

と彫り込まれていた。
(製造・・・番号? えーっ。)
部長の頭髪のバーコードからかすかに湯気がたっていく。
「ミツメナイデブチョサンノエッチ」
「あはは。君、ユーモアのセンスあるねぇ。・・・チェンジ。」
「アリガトゴザマス。」
「チェンジ。」
「ミズワリニカエマスカ。」
「チェンジだっつってんだろうこの野郎。
ナンバーワンのロボットホステスって噂聞いたからよう、さぞかし助平な我が儘ボディを拝めるかと思って股間と期待膨らませて来たら、なんだこのただ場所とるだけの我が儘ボディは!・・・人造人間、アンドロイドだよ!メタリックでセクシーな曲線美だよ!チェンジチェンジ!製造番号じゃなくて、人気売上げナンバーワンを出せ!お前なんかのつくる酒なんかまずくて飲めない。」
ロボットの動きが止まった。
言い過ぎた、部長はハッとした。
「ご、ごめんよ。」
と、その時、さっきからこちらをチラチラ見ていた向うの客が、つかつかとこちらにやって来た。妙な髪型、クラブで白衣なんか着てるし・・・。
あっと思う間もなく、部長の顔に冷たいものがかかった。妙な髪型の客がコップの水を浴びせたのである。
「ハーさん!何するのっ。」
ママが慌てて駆け寄る。
「このコが気に入らねえなら余所へ行きな。ここは腐っても銀座だ。女の子にケチつける野暮天はいらねえんだ。こっちの酒がまずくなる。」
「ハーさん!」
マッドサイエンティストという言葉があるが・・・見るからに・・・こいつはまさに、気違い博士だ。逃げるが勝ち、だが、やらずぼったくりな状況で何もせず逃げるのはいかがなものか。
「なんだその眼は、頭冷やし足りねえか。」
ハーさんは、今度はテーブルのピッチャーを手に取った。
うわ、今度こそずぶぬれになってしまう、と部長は身を竦め堅く目を閉じた。
と、あれ、冷たくない。一体どうしたことか。恐る恐る目を開くと、部長の前に、ピッチャーの水を浴びて水滴を滴らせたロボットホステスの体があった。
「ハカセ、オキャクサマニキガイ、ダメデス」
ロボットホステスは、部長に向き直って、クレーン状になっている方の手でおしぼりを吊り上げ、手渡した。
「オサケ、オイシクツクル。ワタシ、コンドハ」

「う、うん。」
部長の胸が、一回、ドンと大きな音をたてて鳴ったような気がした。だが、その音は、部長自身にしか聞えない音であったに違いない。

そして、水浸しになって乱されたテーブルの上に角の円い名刺がブヨブヨにふやけてあるのを、部長がそっと内ポケットにしまった事も、その場にいる誰も気付かないことだった。

3-2

3-1 ザギン 瀬戸際 その1

こんな噂がある。
銀座の高級会員制クラブに、幻のナンバーワンホステスがいる。
なぜ幻なのかというと、それがどんなコであるのか、店外には一切秘密で、指名客もごく限られた者、まずは常連になってたっぷり店の売上げに貢献した後、ようやく彼女の名前を教えてもらって指名が出来るらしいという。
そんな高飛車な、上から目線の条件にも関わらず、彼女を是が非でも指名したいというお客は多く、政財界を牛耳るような大物も中にはいるそうだ。
そのホステスは、ロボットらしいという。

このご時世、ロボットホステスなんて珍しくはない。六本木あたりのマニアックな界隈には、すでにロボットクラブなるものが誕生している。バーチャルという言葉が一般人に流行り出した頃から、生身の女のコじゃイケテないという風潮が一部であるのは周知の通り。CGのアイドルだの、アニメ少女を愛する輩だの、所謂二次元的な指向が、どこから枝分かれしたのか、或いは、どこをどう捻ったのか、三次元+αとでもいうべきか、アンドロイドが新たなるサービス産業として出現したのである。
少し前まで、羽振りのいい青年実業家達の間では、やけに無表情でゴムっぽい質感のワンレンボディコンをウォーターフロントのイタリアンレストランに同伴させるのがトレンディーとされていた。殺風景な港湾の倉庫群がポツポツとディスコだのバーだのレストランだのに変貌していったのはいつ頃からだったろう。元々遊興の為にある場所ではない為、交通の便は非常に悪い。つまり、車がなければ自由に遊びにいけな・・・言い換えよう、つまり、高騰しきった地価の中駐車場の確保もままならぬご時世に遊びにいく車を持ってる成金が、科学の粋を集めた人造人間を見せびらかしながら遊びにいく、そんないけ好かないところが、東京の海岸なのだ。多分。
少し話がそれたが、脱線ついでにつけ加えると、実際、海岸沿いで遊んでいた青年達が真に羽振りがよかったのかどうかは怪しい。高級車もレンタカーで借りることが出来たし、何より、アンドロイドを連れ回しているのも、ひょっとしたら生身の女よりコストパフォーマンスがいいからなのかも知れない。少なくとも、彼女達はバカ高いワインや高い皿の料理を飲み食いしない。急ごしらえの陸の孤島は、現実世界から遊離した祝祭だけの場所だ。そこでは、その場だけの人間関係とふわふわした無責任な価値判断が行き交うだけ。ステータスとなるアイテムさえ所持していればどんな都会人にも化ける事が出来た、のである。多分。

「なーにいってやがんでぇ。アンドロイドだとぉ?
あんなもんは、高級ダッチワイフだ。人間そっくりの触感のゴムだと?邪道だね。生身の女に似せてなーにが面白い。
ロボットってなあ、な、宇宙空間や過酷な環境でも耐えられる金属素材なんだよ!百歩譲ってカーボンだろうが、てやんでちきしょうめい。」
こちらは銀座。
銀座といっても限りなく新橋に近い、比較的お財布に優しいお店。裏路地の低層テナントビルの中、入口の観葉植物がなんとも残念な感じに庶民的な、店名も「クラブ瀬戸際」。ママの出身地が瀬戸内海の側だというのが店名の由来だそうで、占い師に画数を見てもらいつけた名前だそうだが。名前も店内も、漂う薄暗さは拭えない。

ハゲ頭を縁取るようにもじゃもじゃの髪がぐるりと囲む妙な髪型の男が、奥のソファで管を巻いている。
お店のママと若いホステスがどうにか機嫌をとろうと両脇を固めるが、どうやら今夜この男を止めることは難しいようだ。
「まったく・・・にわかロボットマニアのガキどもがアブク銭にもの言わせて分ってねえ遊びしやがって・・・なあ、ママ。なんだ、あのデスコ?クラブぅ?うるせえピコポコした音楽流して酒飲んでなーにがおもしれえんだ。」
「ハーさん。他のお客さんが困ってるわよ。うちは銀座よ、もうちょっと上手に酔っぱらってほしいわぁー。」
「うるせー!どう考えても新橋じゃねえかここ。銀座ってつくのはビルの名前だけじゃねーかよー。」
ママは、細い眉を八の字にする。
「・・・ハーさん、何かあったの?」
ハーさんは急にしんみりしだした。
「・・・うるせーよ。おらあこれでも、この道一筋のロボット工学博士でぃ。ガキの遊びに付き合って、ナンパな発注なんざうけたかねえや。」
ハーさんは、手にした水割りを、勢いよくお茶でも飲むようにズズッと啜った。そして深々と溜息をつく。
「ロボットはよう、人間の我が儘を受け入れるための道具に過ぎねえのかね・・・」
「え!ちがうの?ハーさん。」
まだ20代のホステスあけみがきょとんとする。ママが今度は眉を逆立てる。
「・・・。」
「やあだ、あけみちゃん、天然、面白いわー。」
気まずくなった空気を取り繕おうとママが空笑いをする。
「ロボットって機械でしょ、人間の形をしてても、機械は道具じゃないーやーだーハーさん。」
「・・・これ、あけみちゃん。」
ママがたまらずこっそりあけみを小突く。
「いたーいママ。なあに?」
「・・・あけみちゃん、ロボットはよう、仲間じゃねえのかい?この店にもいるだろうが。仲間を道具扱いしたら、かうぇえそうだぜい。」
ハーさんは、水割りグラスを透かして向うのボックス席を眺めた。男前がする仕草の一つと確信しているかのように、眉間にさみしげなシワを寄せて。
あけみは、ハッとして口元に手をあてた。
向うからは、先程から、ウィーンガチャガチャと、小さな工場でもあるかのような音が聞えていた。
しんとしたハーさんの席に、向うから「ロックデヨロシイデスカ」というクラフトワークのボーカルのような声が洩れ聞えてくる。
「コノマドラーデ カキマゼル」

(ボクハ・・・デンタック・・・タシタリ・・・ヒイタリ・・・)
そういえばそんな曲あった懐かしいと、あけみもママもふと思ったが口には出さずにいた。

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2-3 神田の外れよぉ その2

さちこが半ば強引に本田記者を連れ込んだのは、会社からほど近い外神田の煮込みうどん屋だった。
ランチタイムには近隣のビジネスマンで混雑する人気店だが、いかんせん入り組んだ路地にある為、13時を過ぎると店内はがら空きになる。人に聞かれたくない話をする時は、下手な喫茶店より穴場なのだ。そして、あいつの無断欠勤のせいで昼休みがなかったから丁度いいわというさちこの都合でもあった。
「あの・・・。」
本田記者は落ち着かない様子で周囲を見回している。
「ふふ。どうして煮込みうどん屋さんなのか、って、聞きたいでしょ。この辺はゆっくり話せる店って少ないし。私はうどんよりソバ派なんだけど、今日は肌寒いからうどんの気分なの。あ、私、カレーうどんにしよう。」
「あの。」
「ああ、私さちこ。あいつの同僚というか後輩。入社したのは今年に入ってからなんだけどね、なんでも聞いていいよ。答えるから。」
「あの・・・恐縮ですが。」
「なによ。」
「ここは、味噌煮込みうどんじゃないでしょうか。」
「はぁ?」
「ここ、味噌煮込みうどん専門店じゃないですか、カレーうどんなら他でも。」
「私がなにを頼もうと勝手でしょ。」
「うわあ、勿体ないなあ・・・。」
何やらこいつもめんどくさい男のにおいがする。
「てか、もっと違うとこにつっこみ入れない?
なんでこんなとこに連れてくるんだ、とか、ほら。」
本田記者は半ばさちこを無視して、うっとりとメニュー表を眺めて居る。
「いやあ。いいお店ですよ、佇まいもこのメニューのよごれっぷりも絶対美味しい感じだし。外神田には名店が多いっていうけど、ほんとここ、美味しい予感しかしない。うわあ、味噌も二種類から選べるんですね・・・どうしようかなあ。」
まるで少年のように、とはこの事か。つやのある頬を一層輝かせ、本田記者はもう夢中だ。まずは、うどんを食べてからね、私もお腹空いてるし。呆れながらもさちこは注文お願いしますと手をあげた。
「私、カレーうどん。・・・絶対、美味しいし。」

 

「ふぅ、ごちそうさま。」
「やっぱり味噌煮込みで正解でしたね。本場名古屋の八丁味噌がいい仕事してました。」
ていうかここ外神田だし、と言いたい気持ちをさちこはぐっと堪えた。
本田は満足そうに紙ナプキンで口元を拭いている。
「本田さん、食べるの好きなのね。」
「はい、大好きです。ぼく、元々グルメ雑誌のライターをしていたんです。」
「へぇ。好きを仕事にできるっていいじゃない。」
「ええ、でも、好き過ぎて。取材で食べてたらちょっと太ってきちゃったんで・・・ダイエットも兼ねてフィールドを変えたんです。」
「それで、事件記者ねぇ・・・。」
「結構えぐい現場の取材もあるから、食欲わかなくなっていい感じです。」
「そ、そう。」
「そうなんですよ。今回もここだけの話、入手した現場写真、ベッドの上が血の海で。あ、まさにこんな感じ。生乾きの血とか体液とか、この味噌煮込みの残り汁みたいなのが一面べったりでした。ああ、よかった、食べた後に思い出して。」
まだ、カレーうどんの方にしといてよかったと、さちこは思った。
「いくらラブホでも、あれは掃除が大変だろうなあ。」
「そうそう、それよ。そのラブホ殺人の話じゃない。」

本田記者が追っているという、ラブホテル殺人魔事件とは、半年程前から都内のラブホテルで起こっている未解決の連続猟奇事件である。
最初は、今から半年前だから昨年の九月になる。新宿は歌舞伎町のホテルで、女性客が刺殺された。その後、都内各所のラブホテル街で、同じ手口の殺人が毎月のように連続して起こっている。
犯人は同伴相手男性と見られているが、場所柄、チェックインする際に名前を聞く事は愚かお客の人相風体をまともに見る事もない為、犯人は勿論のこと、被害者の身元を割り出すのにも時間を要した。
「指紋も、もうあちこちベタベタいろんなお客のが付着しすぎていて手がかりにはなりにくいみたいです。それに、被害者女性は全・・・」
本田記者は赤面した。
「全・・・ての持物、衣服等身につけるものをですね、持ち去られているので、身元確認が大変らしいのです。」
「でもほら、相手の男がひとりで出て行ったら、おかしいなって分りそうじゃない?それにさ、防犯カメラとかは?」
「そうなんですけど・・・不思議なのは、相手男性らしき人物がひとりでホテルを出たことに誰も気が付かないんです。勿論、防犯カメラにも映っていないし。」
「・・・やるわね、あいつ。とんでもない五時から男だわ。」
「あ、いえいえ。あいつさんはですね、重要参考人というだけでして。」
「私、知ってる。重要参考人っていうのは、ほぼ犯人ってことなのよね。」
「いやあ、その。そうとばかりは・・・特に今回は。」
「なによ。」
「犯人は、鋭利な刃物で急所をぐさっ、ですよ。刃物の扱いに非常に慣れた、プロの手際です。日常的にそういった仕事に関わっているか、相当デキるひとの仕業です。お話を聞く限りでは、あいつさんはボンクラ、なんですよね。」
「なに?いくらなんでも社外の人間がうちの社員をボンクラ呼ばわりするって、失礼じゃない?」
「あいえ。すみません、味噌煮込みうどんでテンションがあがりすぎて、つい。」
それもそうか。確かにあんなに不器用でやる気のない男が、プライベートで急変するとは思えない。そんなのお話の世界だけよね、とさちこは内心思ったが、カッとした態度を急に引っ込めることも出来ない。
「大体ね本田さん、あなた、聞き込みにきたんでしょ?なに誘われるままにうどん食べて、聞かれもしないことを初対面の私にペラペラしゃべってるのよ。あなたこそボンクラ記者じゃない。」
「・・・それも、言い過ぎだと思います。」
本田の目にうっすらと涙が浮かんだ。
さちこは慌てた。
「ああ、でも、その捜査困難な状況で、よくあいつがうちの社員だって突き止めたわね。まだ、警察も調査に来てないわ、すごいわ。」
「ぼく、独自の調査網を持ってるんです。やればできる子なんです。」
本田は、うつむきながら煮込みうどんの残り汁を啜った。どうやら機嫌を治してくれらたしい。単純ね、男って。
「ここだけの話ですが、現時点では、あいつさんは本当に重要参考人というだけで、犯人とも被害者とも、あるいは関係ないとも・・・」
「ちょっと待って。被害者ってどういうこと?」
「ここだけの、話ですよ。」
「あいつさんが居たお部屋は、犯行現場の隣なんです。」
さちこは訳がわからなかった。なぜ、隣の部屋のあいつの聞き込みを?
「・・・今回のケースはですね、一連の事件と幾つか違う点がありまして。
ひとつは、これまで事件は都心に近いホテル街で起こっていた。でも、今回の犯行場所となったホテル横島というホテルは、江戸川に近い、ほぼ住宅街と小さい工場で成立しているような地域にポツンとあるホテルなんです。ほら、郊外というか地方の町の駅裏に、飲み屋とかパチンコ屋とかゲーセンとかが固まってる場所、近隣のPTAというか、お家のおかあさんが子供にあそこに近寄ったらいけませんよというような所です。
被害者の女性も、最初から身元は分っているんです。地元の、なんというかコールガールで、ホテルで客と待ち合わせてサービスを提供するコで、これまでの被害者とは違って、そういうプロなんです。そして・・・」
「じゃあ、連続殺人事件とは別の事件なんじゃない?」
「そうとも言い切れないところがありまして。犯行現場そのものは、一連の事件と見事に一致しているので、恐らく同一犯人だと推定されるのですが。」
「が?」
「なぜか、犯行が行なわれたと覚しき時刻に、隣室のドアが破壊されていまして。そこに一人で居たはずの、あいつさんが居なくなっていたんです。
しかもこちらは、衣服を残したまま・・・。」
「なになに?ちょっとよく分からない。
そもそも、なんであいつ一人でそんなとこに居るのよ。」
本田はまた、顔を赤らめながら言った。
「それは・・・アレ、じゃないですか。」
「アレ?」
「あいつさんの部屋から、小さなチラシが発見されたそうです。所謂、その、公衆電話ボックスに貼ってあるような・・・」
「はっきりいいなさいよ。」
「はい。」
・・・あいつ、仕事さぼってホテトル呼んでやがったのか。
「あ、ホテトルって今使っちゃいけないんですよ。ホテトルのトルの部分、トルコ風呂っていうのが、国差別的になるからNGで。今はソープランドっていうんですが、それも地域差別にあたるんじゃないかとぼくは思うんですけどどうなんでしょう。」
「なんで、私が今思った事が分ったの?超能力者?」

本田記者はにやりとした。

「だって、さちこさん。思った事、無意識に口に出してしゃべるタイプですよね。」

アタリ!やはり、こいつは超能力者だ。・・・ってあれ?

2-2 神田の外れよぉ その1

秋葉原の駅から、ゲーセンや電気屋の並ぶ大通りを上野方面にのぼって行く。PCパーツの店の数が少なくなるのと比例して、そのマニア度は増してゆく。駅前では、チェックのネルシャツにリュックサック紙袋といったいかにも愛好家といった人々は大抵が男二人で歩いている、気がする。が、よりマニアックな店を目指す者は独りが多い、気がする。そんな店がとうとう途切れた先から、また別の街の姿が現れる。
本題に戻る。

彼は消えた。

秋葉原のはずれ、外神田がはじまる辺り、古い比較的低層な雑居ビルと昔からの商店が居並ぶ、バブルや景気といった言葉から無縁の街並の一角、「伝統こけし販売本社事務所」というブリキの看板がかかっているオフィスがあった。いうまでもなく、永く日本の温泉場お土産物屋の主力商品として君臨してきた、あの、木製の民芸品である。全国各地のこけし職人、名人といわれるこけし作家とつながり、卸売もすれば小売りもする、物産展のついでにねじ込まれているこけしフェア的なイベントを企画する、ある意味ではマニアックな会社と言える。
十坪ばかりのさほど広くない事務所に、黒電話の音が鳴る。
OLのさちこは、隣の席のびっくりする程何もない机の上で鳴る電話をしばらく見つめ、大きく溜息をついた後に受話器をとった。
「はい、大人の玩具、伝統こけし販売です」
マニュアル通りの応答とはいえ、毎度ながら何とも微妙な心境になる。
この事務所で女子社員はさちこ一人。入社の頃は、もしかして、これを言わせるためだけに採用されたのではないか、と、疑わしく思ったものだ。
面接の時、この事務所の責任者であるところの部長は言った。
「こけしは、東北発祥の玩具からみやげ物という存在を経て、今や美術品としてその地位を確率しつつある、日本の古きよき伝統のよさを分る真の大人の為の、本物志向の民芸品なんだよ。大人の玩具、言い得て妙じゃないか。」
とはいえ。モヤモヤしたものがいつもつっかえている。

「はい。その件でしたら、私が後任で引き継いでおりますので。すぐに資料をお送りいたしますが・・・ええ、そうなんです。本日も生憎休んでおりまして。」
・・・あのやろう、もうすぐ退職する身とはいえ、無断欠勤とはあまりにひどい。元々、やる気のない男だったがここまで無責任とは。私、無責任な男が一番嫌いっ!クビが決まった途端に、営業先からの直帰が増えたし。本当はどこに行ってるんだか。この前だって、駅裏の高そうな喫茶店にフラフラ入っていって、何だか楽しそうにしていたの、郵便局におつかいの途中、見たんだから。ああいうのを、五時から男っていうのかしら・・・いや、五時どころじゃない三時から男?下手すると二時から男よ。
「さちこくん。」
「あ、部長。」
ねばっこい気配。ふと気が付くと、部長がさちこの背後に立っていた。さちこの肩に手をかけようとする気配を察知して、慌てて身をよじった。部長の手は、スダレ状に固めた薄い頭髪をいつも撫で付けているせいか、いつもベタベタしている。
「彼からは、連絡はないかな。」
「はい。」
部長は気まずそうに、ぽつんと黒電話の置いてある机を見た。今時、通話切替ボタンや呼び出しボタンもない。彼の机の電話だけ古い黒電話だ。
「私も困ってるんです。引き継ぎが完全に終ってないのに、今のタイミングで社に来なくなるなんて。」
「社?とは。」
「うちの会社ですよ。」
部長の目線が何か言いたげにさちこの方へと移動した。
「あ、はい。伝統こけし販売・・・」
「さちこくん、抜いちゃってるじゃないか。」
「・・・はい、大人の玩具伝統こけし販売。」
「気をつけてくれたまえよ、常に正式名称、名称は大事だからね。
・・・そうそう、さちこくん。さちこくんに、入れちゃっていいかな。・・・あ君のコンピュータのね、電源を。」
「もう入ってますよ、仕事中ですから。」
「仕事中に入ってるって・・・ふふ。」
ああ、メンドクサイ。このおやじとのやり取りが増えるのも、あいつが職場放棄して来ないせいだ。
「まずは、立たせてくれ。手で。」
「は?」
「ああ、そのボタンを手でポチっと押してだな、立たせてくれたまえよ、君のコンピュータの中のだね、ソフトを。そっと指でキーボードをまさぐってくれたまえ。」
「・・・そうそう、いいねえ。ああ、そこの資料ね、もうイキそう?イキそうだったら声に出して・・・プリントアウトしますって・・・。」
ベタベタした手がまた、さちこの肩に迫って来る。
ああイライラする、ただでさえ、あいつの営業先からの電話応対やらなにやらで仕事が増えてるのに・・・もう限界だ、さちこがペン立てからボールペンをつかんで逆手に持ちそっと身構えたその時、

事務所のドアが開いた。
「こんにちは。」
そこには、見知らぬ客。つやつやした頬とキラキラした目、ハンチングに蝶ネクタイの何やらこざっぱりとした青年がニコニコしながら立っていた。
「い、いらっしゃいませ。大人の玩具伝統こけ・・・。」
さちこはハッとして立ち上がり、部長を押しのけ入口に立つ見知らぬ訪問者の方へ小走りに駆け寄った。
「すみません、突然お邪魔してしまって。ぼく、こういうモノです。」
深々とお辞儀をして、さちこに両手で名刺を差し出す。名刺には、

週刊フライングフライデー
記者 本田剛

とある。
フライングフライデーと言えば、いわゆる新聞三面記事に当たる内容を扱う写真週刊誌ではないか。一体何の用があるというのか。
「事前にアポイントをとればよかったのですが、お断りされるといけないかなと思って。失礼します。」
唖然としていると、本田記者はずかずかと中に入ってきた。そして、棚に陳列してあるこけしや資料等を珍しそうに「へぇー」とか「ほぉー」とか言いながら手に取ったり、カメラに収めたり。
「あの。」
と、さちこはたまらず声をかけた。
「何かご用でしょうか。」
「あ。」と、記者は我にかえったようにさちこの方に向き直り。
「えとですね・・・」
記者は内ポケットをごそごそ探り、一枚の写真を取出した。映っているのは、今まさに無断欠勤真っ最中の彼だ。
「今、この彼について調べてるんですが。」
「あいにくと休んでますが。」
「そうですよね、失踪中ですもんね。・・・あ、ごめんなさい。ぼく、ちょっとこういう事件を担当するの初めてなもので・・・」
またここにもメンドクサイ人間がひとり。さちこは心の内で思ったが、それよりもこいつ今なんて言った?失踪?事件?
「何か、彼について情報をお聞きしたいなーと。」
「彼、なにかしたんですか?」
「あの、ええっとですね。ラブホテル殺人魔事件って知ってます?」
・・・えっ!?なにそれ。新聞で読んだ、謎のホテル連続殺人、犯人の手がかりすら未だつかめない、っていう。被害者は女性ばかりだというし・・・もしかして、あいつ、容疑者とか?うわー。
(すごく、面白そうなんだけど。)
「なんだね、君。彼が一体、何かやらかしたのか?」
遠巻きに見ていた部長が、怪訝そうに近寄ってくる。
まずい、部長が割り込んでくると話は余計にややこしくなりそうだ。
「部長、ちょっと出て参ります。あ、何かこけしの受注の件で、トラブルがあったようで〜。」
「はぁ?」
「あ、部長さんでいらっしゃいますか。ぼく、週刊フライング・・・」
言いかけた本田記者に、先程握りしめていたボールペンの先を喉元につきつけて、黙れという合図を目線で送った。
「本田さん、お話は、外でうかがいます。」
さちこは、青くなってガタガタ震える本田記者の腕をつかんで素早く事務所の外に出た。

 

*まだまだ、プロローグのような感じですみません。

2-1 アキハバーラ駅前その1

秋葉原の駅前に広大な空地がある。バスケットボールやスケボーに興じる若者がポツポツと居るが、その広さ故か、かえって淋しい印象を与える。
元々は、神田青物市場という卸売市場があって、東京の台所を支えていたとらしいが、跡形もない。
秋葉原はいつだって「ひしめき合う」という形容が似合う場所だ。戦後の闇市から発展したというが、ラジオや無線の電子部品、オーディオ用品を扱う店が主流だった時代もあれば、家電が幅を利かせていたこともある。パソコン部品のジャンクやゲームソフトを扱う店が次第に増えてきたり、それもやがて家庭用ゲーム機に主流の座を譲ったり。けれど、無線がマイコンに、マイコンがパソコンにと上書きされていく訳ではなく、新しい商売は古い商売の間に割り込み、古い商売の方も隅に追いやられながらも留まりギュウギュウと押しくらまんじゅうをしているような恰好だ。街は次第に複雑怪奇さを増していく。にも関わらず、あの場所だけが、何かで切り取られたようにぽっかりと空いている。秋葉原にジャンクを買いに来る多くのオタク達も、バスケにもスケボーにも興味はなく、というか寧ろストリートでバスケをしているのはどでかいラジカセを担ぎながらラップをしてるスラムのストリートギャング達つまり米国風の不良じゃない?喧嘩したら絶対負ける拙者暴力は反対でござるだって体力で負けちゃうしという発想から、多くのオタク達の禁足地と化している。言い過ぎだったらごめんなさい。いやこれは言い過ぎである。

そんな空地の、フェンスの低くなっている部分に腰をかけて、バスケをしているギャング達を眺めている男がいた。
まだ若い風にも見えるしいい年にも見える。大柄な体に軍用コート、見事に真ん中だけを残したモヒカンという出で立ちが、年齢より「強面」という情報を優先させるのかも知れない。
彼は退屈そうにあくびをすると、ポケットから丸めた新聞紙を取出し、膝の上で拡げてシワを伸ばした。
新聞は昨日の朝刊社会面、赤マーカーで囲みがしてある記事の見出しには
「ラブホテル殺人魔逃走中」
とある。男は記事に目を走らせ、ついうっかり独り言を言った。
「ラブホテル殺人・・・あーあ、こんな事件やってみてえなあ。」
なにせ大柄なせいか、独り言もでかい。バスケの若者達が一斉にかたまった。男はハッとして、「ってひとなんかいるのかしら。」と、慌ててつけ加えた。

勿論、男は犯罪者でも犯罪者志願でもない。こう見えて、先月づけで秋葉原署に配属された新米刑事なのだ。
幼い頃、「太陽にほえろ!」を見て憧れた刑事。交番巡査から地道に試験を受け、頑張ってようやく憧れの刑事になった。ドラマに出て来る七曲署みたいに、拳銃片手に犯人を追うのが夢だったのに。新米刑事は配属になると「ボス」に呼び名をつけてもらえる・・・「ジーパン」とか「ゴリさん」とか「殿下」とか、お互い呼び合うあの感じがかっこよかった。なるべくハードで型破りな感じを演出するために、わざわざこの恰好にしたのに。
にこにこしたおじいちゃんみたいな警部が、「君は・・・そうだなあ、メガネかけてるから”メガネ”」。
ええっ!この特徴だらけの外見で「メガネ」?!せめて「モヒカン」じゃないの?
「よろしくね、メガネくん。」
しかも、配属部署は半数が女性。以来、「メガネくん」として、秋葉原駅周辺の不審者職務質問が主な仕事となる。

男、いやメガネは、改めて記事を見直す。

1月31日午後4時頃、足立区某所の「ホテル横島」203号室にて、女性の遺体が発見された。死因は失血死。刃物のようなもので刺された跡から他殺と断定。凶器及び、衣服を含め被害者の持物は一切現場からなくなっており、女性の身元は不明である。一連の状況から、警察はここ数ヶ月都内で起こっている連続殺人事件通称「ラブホテル殺人魔」との関連を調査中。
尚、同時刻に隣の202号室の男性宿泊客が姿を消しており、本件に関与の可能性があるとみて、行方を捜索している。

ラブホテル殺人魔の噂は、職業柄、彼も以前から耳にして知っていた。
最初に起こったのは半年前、歌舞伎町のラブホ。密室のホテル内で、男女で入ったはずが女だけが殺され、男は姿を消す。一突で急所を刺す手口等から、容易く同一犯人の連続殺人であることが推測された。場所柄、フロントで従業員が客とまともに顔を合わすことは無い。その為、犯人と思われる男の姿は謎のままなのである。
(でも・・・)
なんだろう、この記事は何か違和感を感じる。モヒカンでメガネの男がいたら、普通、モヒカンの方に目がいくんじゃないか。それと同じような居心地の悪さが記事にはあった。

(でもなー、俺、推理探偵じゃないしなあ。)

ぼんやりしていると、足許にバスケットボールが転がってきた。
遠巻きに、若者達が凍りついたまま、弱々しい声で彼に呼びかけた。
「す、すみませーん。ぼ、ボール・・・」
彼は足許のボールを拾い上げ、思い切り放った。
「おれは、メガネじゃねええ!」
「ひいぃ!」
ボールはバスケットゴールのボードにぎゅるぎゅるとめり込んで、しばらくしてから籠へとゴールした。
「あ」
思いついた。そうだ、どうして忘れてたんだろう。
それなら彼にはいくべきところがある。それも、この秋葉原、そう遠くはないじゃないか。

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1-2 東京某所 プロローグつづきです

特に女子高生に執着がある訳でもなかった。
うさん臭い連中のうさん臭いうわさ話に乗っかって、人生初の風俗を体験しようと思ったのはなぜか。彼自身、今こうしている自分が自分ではないようで、うまく説明は出来ない。
勿論、本物の女子高生が来るはずがない。明らかに違法だし、逆に本当にやって来たらどうしていいのか分からない。が、少なくとも、女子高生風の若いコに、何らかの相手をしてもらえる訳だ。
「あれ?まだ到着してませんか?こっちも連絡してるんですが・・・ピッチもつながらないみたいで。」
電話口で彼と同世代位の声が言った。
「すみません、お客さん。なにしろ今時の子なんで、仕事意識がないっていうか・・・急いで他の子を向わせてます。あ、ご心配なく、今度の子はちゃんとしたプロですから。」
プロ、プロって言った・・・。てことは、そうじゃないのも居るって事?つまり、途中で、所謂バックレた女の子は本物の女子高生だった可能性もあった訳?ふとそんな妄想がよぎると、彼はなにかクジにはずれたような気持ちになった。

いやいや。いくらなんでも人生初で、女子高生はだめだ。でも・・・。

少年レマルク 1-2「安心してください。若くて元気な子です。」
電話口の男は機嫌をとるように言い添えた。
受話器を置くと、彼は足許に畳んだ下着を身につけはじめた。やはり、ああいうサービスだとはいえ、初対面で全裸はおかしいだろう。さっきから、何度、脱いだり着たりしたことか。その前に、もう一度シャワーを浴びておいた方がいいだろうか。とりあえず、パンツは穿こう、そうだ、それがいい。
今朝おろしたばかりのトランクスを穿こうと片足で立つ恰好になった時、不意にフラフラとした。気のせいか地面が揺れている。
眩暈?地震?いや。
軽く地響きがする。どこかで工事でも始まったような、ズシーン、ズシーンという音が聞こえだした。
地響きは一定のリズムで大きくなる、ひどく乱暴な足音のようにも感ぜられた。そしてそれは、部屋のドアの前でピタリと止まった。
(デブ・・・いや、豊満な子なんだろうか?・・・ちょっと豊満すぎるのは困るなあ)
「ドン!」
ドアに体当たりしているような衝撃があった。これがノックだとしたら随分と乱暴な子だ。
「はい。」
タイプじゃない子だったら、チェンジ出来るって言ってたな。顔を見るまでもない、これは絶対にタイプじゃない。
「ドン!ドン!」
「はーい。ちょ、ちょっと待って。」
と、
「ドシーン」
ドアが開いた。というか、ドアが内側に、破られた。
その衝撃で、彼の体も後ろに飛んだ。いや、単に腰を抜かしたのかも知れない。薄暗い室内からだと、廊下の照明に負けてすっかり逆行になっているが、その足許のシルエットは、確かにルーズソックスだった。

プロローグはおしまい

1-1 東京某所 プロローグです

東京のはずれ、ほぼ千葉県といってよい某所。
某所とぼやかしてあるのは、登場人物及び「某所」の名誉のためである。決して書き手が設定の説明を面倒がっているからではない。
とはいえ、明らかになったといって、彼の名誉を守ることにはならないだろう。なぜなら彼は今、古びたラブホテルの一室で、素っ裸のままベッドの隅に腰かけてクレームを入れている最中なのだし、それを書かずに物語は始まらない。

「だから、15分で来るってさっき言いましたよね?もう随分待ってるんだけど。」

サイドテーブルにあるのは、手札サイズのチラシ。彼が駅前の電話ボックスにびっしりと貼られているおびただしい数のチラシの中から、その一枚を探し出したのは今から1時間程前。そこには、一文字一文字派手な色で塗り分けられた丸い文字でこうあった。
「女子大生とイケナイひと時。ホワイトルーズソックス 電話×××-○○××」

(女子大生じゃなく、本当は女子高生が来るんだぜその店。・・・表立っては言えないだろう?だからさあ、ほら、店名がさ、ホワイトルーズソックス、なんだよ。わかるひとには、伝わる、っていうかさ。)

あの喫茶店で常連達が話していたことは本当だろうか。
生まれてから三十年、これといった遊びもせず極々真面目に過ごしてきた彼が、ふと、「女子高生」という言葉に耳をそばだてたのは昨日の事だった。

勤めていた会社から解雇通達をうけた。
周囲には独立して起業しようかと思って等と繕ったが、そんな嘘はバレバレだろう。貯金もないし、再就職のアテも意欲もわいてこない。特に仕事熱心でもなかったし、居心地のいい会社でもなかったが、解雇されるとなると話は別だ。そもそも商社マンなんて向いてなかった。・・・適性がないのを、どうにか折り合いをつけて頑張ってきたというのは、向いている人の何倍も頑張ってきたということじゃないのか。そういうところはもう少し評価されていいのではないのか。退社が決まった途端、やりかけの仕事は早速後輩に回され、取引先に挨拶を一通り済ませたら、あとはもうタイムカードを押しに来るだけのような日々。居てもいなくてもいいような状態が、あと一ヶ月も続くのか。すっかり気力が失せてしまった彼は、連日ホワイトボードに「得意先まわり 直帰します」と書いて、三時をまわればそっと帰り支度をするのだった。
その日、会社を出、いつもなら通らない路地をふらふらと歩いていると小さな喫茶店を見つけた。
そこは初めて入った店で、特に人目を惹く様な外観でもなく、楷書で「珈琲」と書いただけの控えめな看板があるきりだった。中に入ってみればカウンタとテーブル席を合わせて十席ばかりの小さな造り、この時間ならお客もいないだろうと思っていたが・・・。
常連客らしい中年男達が店主らしい男と何やら盛り上がっていたのだ。
狭い店内でもあるし、その場に居れば自然と話題に入らざるを得ない。長いものにはとにかく巻かれてきた彼は、そのまま話を聞くハメになった。
それにしても、と彼は思い出す。平日のこんな時間に喫茶店に入り浸っているのだから、こいつらきっと堅気ではないだろう。いや、見るからに、明らかに堅気ではなかった。そんな奴らの情報に躍らされた自分が、今では少しだけ情けなく感じられた。

「あんた、話聞いてたよね。うそだと思う?」
お客のひとり、女物のカーディガンをはおったスキンヘッドが、不意に彼の目をみるようにして言った。指輪だらけでカップを持つ手は小指が立っていたけれど、物腰はれっきとした初老の男だった。芸術家か何かの類いか、それともただの面白いおじさんか。それによって態度を変えよう。彼はヘラヘラと曖昧な愛想笑いをした。
「うそじゃないってば。都内じゃ摘発が厳しくなってるから、わざわざあんな江戸川超えるかギリギリのところで営業しているんだって。ねえ。」
派手な格子縞のスーツを着た男が口を挟む。小太りで艶のいい顔がまるで腹話術の人形みたいに見える。
「場所はどこであれ、未成年なら違法行為ですよね。」
カウンターの中にいる苦虫をかみつぶしたような顔の店主らしき男が言った。
「ええっ、マスター、今更そんなこというの?」
腹話術の人形男の言葉を食う様に店主が
「マスターとは不愉快な呼び名です。」
「マスターだって、さっきまでノリノリで話してたじゃないですか。」
「そういう品のない会話はよその店でお願いします。」
店主が、明らかに彼を指すような目配せをしているのに、腹話術人形の方は気付いていないようだ。
「うちは、そこらの安い店じゃないので。」
彼はドキリとして、眼の前のコーヒーカップを見た。陶器のことはよく分からないが、クネクネした薔薇の模様がいかにも高級そうだ。常連客のざっくばらんな感じで気付かなかったが、シンプルだがきっとこだわりがあってそうしているのだろう漆喰の壁に同じくこだわりがありそうな調度品。彼がいつも昼休みに入る喫茶兼スナックにある、いや、彼が全国どこの喫茶店にもあると思い込んでいた週刊誌も「マカロニほうれん荘」全巻も見当たらない。そして、メニュー表を探したが、これもまたどこにも見当たらない。
(一体、いくらとられるんだろう)
内心の動揺を隠すため、彼は曖昧な愛想笑いを続けざるを得なかった。
「マスターはね、必要ないのよ。実際モテてるんだから。」
スキンヘッドが言うと、店主は珈琲カップの棚を見繕う素振りで後ろを向いた。
「ええっ、何々?マスターってコギャルと付き合ってるの?」
「コギャルとは、品のない言い方ですよ。ねえ、マスター。君も、そう、思うよね。」
腹話術人形がカウンターに身を乗り出すと、隅の席に座っていた男の姿が明らかになった。視界に入らなかったのも無理はない、全身黒ずくめ、レザーパンツの間違ったバイカーみたいな男がニコニコというか、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「美は細部に宿る、です・・・あの足の付け根ギリギリの短いスカートの下から始まって、白いギプスのようなルーズソックスに膝から下が覆われることにより肉体から分断されたような存在となった太股。あの制服の着こなしが、彼女達自身の内から文化として産み出されたのだから・・・彼女達は自らのエロティシズムを完全に把握し、我々男性を惑溺させる手段を持って居る。素晴しいというか、恐ろしいことです。」
男はさらにニヤニヤしながらこちらににじり寄って来る。
「要するに、コギャルが好きなんだな、佐藤さんは。」
腹話術が男を佐藤と呼んだ。
「わかっちゃいないなあ。僕は美の話をしているんですよ。」
佐藤さんは腹話術を押しのけるようにして彼に迫る。
「僕等には理解し得ない言語で意思疎通を行い、学生である特権を十二分に利用しながら、僕等大人の侵入を阻む結界の内に居て、大胆不敵に僕等を誘惑し、ぎりぎりのところでかわして楽しんでいるんです。
しかし、それも永遠ではない。
彼女らが彼女らたり得る期限は三年。人生における、たった三年間ですよ。PHSの裏に貼られたプリクラも、丸文字で書かれた小さなメモ達も、卒業とともに色褪せ枯れてしまう花びらです。つい昨日までの制服が、卒業とともにみっともないコスプレに成り下がる。女子高生という生物の死です。」
「・・・佐藤さん、気持ち悪がられてるって。」
黒ずくめの男がどんどん彼に覆い被さってくるのを、腹話術人形が引き離してくれた。黒ずくめの佐藤さんは、不服そうに腹話術の方を一瞥すると、今度は彼を見てニヤニヤしながら深くうなづいた。何か言わなければ、と彼は思案した挙げ句
「あの。」
「・・・コギャルって、何ですか。」
佐藤さんは呆れたというように大げさに頭を振った。
まずいと思った彼は慌ててつけ加えた。
「あ、あの・・・パンストもいいですよね。あったかいみたいだし。」
「はぁー、君、何聞いてたわけ。今そんな話してなかったでしょう。ルーズソックスとパンティストッキングは相容れないものです。あの肌色のテカテカした化学繊維をまとった女子高生がどこにいます?女子高生は生足ですよ!冷えて毛細血管が浮いてまだらになった太股もまた美しい。ねえ、マスター。マスターは僕のよき理解者です。」
「・・・マスターはやめて。」
店主は後ろを向いたまま歎くが、誰の耳にも届いていなかった。
「美の求道者ですからね、マスターは。珈琲も美味しいし、第一、君たちのように、職業女子高生には興味ないしね。」
さすがに彼も居心地の悪さを隠せず、そろそろ店を出ようとした途端、スキンヘッドが耳元で囁いた。
「ホワイトルーズソックス、あんた行ってみて。」
それに被せるように、店主がレシートらしい紙片を差し出した。
「ブルーマウンテンブレンド、2500円頂戴いたします。」

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